アイヴ・ビーン・ウエイティング・フォー・ユー、ベイヴ、ポール。

お盆である。お墓参りで帰省してきた。
年に何回かは田舎に帰省する。しかし、もう昔の建物とか道路なんかも殆ど変ってしまって、生まれた地であっても、殆どもう違う場所になりつつある。自分で田舎を車で走っていて、道に迷うなんてこと、思っても見なかった。
所々に自分にとって懐かしい場所はあるけれど、もう数えるほどになってしまっている。
今回も色々車で街中を走ってみたけれど、道もよくわからない(笑)
なので景色も昔からそう変わっていなくて、自然がそのまま残る場所を走る事が、多くなってきて、それが帰省時の楽しみになってる。

変らないというと、昔からよくお世話になったレコード屋のおじさんに挨拶に行った。
小生が小学生の時から、レコードを買ったり、買わないのにジャケットを見つめに行ったり(笑)していた、地元のレコード屋さんのおじさんに。
毎回、帰省した時には挨拶に行くのだけれど、聞くと、もう3年で定年だそうだ。小生はもう40歳になって、おじさんは57歳である。
つまりそういうことなのだろう。最初に出会ってから、33年ほどの付き合い。
時は流れたのである。
おそらく小生のことは、自分の親よりご存じなのではないか、と思われるくらいの付き合いである。
昔から、シングル盤を買っただけなのに、いろいろビートルズ、ポールの販促グッズをわざわざ取っておいて、いつもくれた。今でも殆ど大切にしていて、ポスターなんぞしっかり、筒に入れて保管している。
今まで何度か引っ越ししたけれど、それでも全てちゃんと大切に保管している。
画家の横尾忠則氏が4人を描いたポスター。これは貴重品で、そのおじちゃんはわざわざ小生の為に、保管してくれて、ポールの12インチシングル「テイク・イット・ア・ウェイ」を買ったときにおまけでくれた。このポスター、今では超プレミアがついていることで有名である。

↓これが当時いただいた横尾忠則氏のポスターと、その時買った「テイク・イット・ア・ウェイ」の12インチ。
あれ?画像がまっすぐにならない・・。
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↓横尾さんは70年代のサンタナのアルバムジャケも手掛けた方です。世界的に有名。
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こういう風に行きつけで、昔から気心も知れていて、あうんの呼吸に近い町のレコード屋さんのおじさんがいる店。おじちゃんには、小学低学年の小生が「おっちゃん、こんな曲のレコード探してる。♪ラララ~」とメロディを目の前で歌ったこともある(笑)。おじちゃんは「なんじゃ、その歌(笑)」と言いながらも、他の店員さんに問い合わせながら、その下手な歌声を元に、その曲を探して、レコードを取り寄せてくれたこともあった。
こういう風にレコードを、CDを買う機会はもうなくなっていくのだろう。


そして母の実家、生家。墓参りに行ったけれど、ここはほとんど昔と変わっていない。
家が老朽化したりして建て替えている家もちらほらあるけれど、基本は昔の道や、畑、そして川なんかもそのまま残っている。
↓昔走り回った田舎の道。昔から殆ど変らず。
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夏休みの半分以上をここで過ごしたこともあった。毎日毎日、走り回っていた道もそのままである。魚取りをした川や、夏休みスタンプカードを持って通ったラジオ体操の公民館もそのまま残っていた。
おばあちゃんに手を引かれながら、お菓子を買いに行った駄菓子屋さんも、もうお店はやっていないけれど、ちゃんと建物の残っている。
こうして、自分の行きたい場所を訪れながら、お盆の帰省は終了した。
次、帰省できるのは正月だろうか。
時間があれば、一人で車を飛ばしてお忍びで帰るのも、いいかな。

さて、お盆が終わると、次は11月のポールである。
もう、9月も10月もすっ飛ばして、早く11月が来ればいいのに(笑)。


ポール・マッカートニーの来日が正式に決まった。
今までポールはソロとして3回来日している。
最初は1990年で小生は高校生だった。このツアーの時は1980年にウィングスで来日しながら、成田空港でお縄になってしまった事もあって、もう毎日TVに噛り付き、ポールの映像が流れればポールと名の付く番組は、何でもヴィデオテープに録画、ポールが記事になれば、雑誌から新聞から、あらゆる記事をスクラップして保管して一人優越感に浸っていた。
新聞の番組欄に「ポール来日特集」と書いてあった当時放映されていた番組はほぼすべて録画して保管した。
中には、「とんねるずのみなさまのおかげです」を録画して、あとで見てみると、ポールはポールでも、ポール牧が「はーい、私がポールよ」と指をバチバチ鳴らしながら出てきて、憤慨したこともあった(笑)。今でも、そのVDテープ、持ってるけどね(笑)。
↓1990年初来日のツアーパンフ。左上、下は日本以外のパンフ。右は日本語版パンフ。あ、右下は会場で買った懐かしのテレフォンカード(笑)画像が横向いてる・・。
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来る日も来る日も当時の最新作「フラワーズ・イン・ザ・ダート」を聴きながら、普段、学校の勉強で使うこともなかった英和辞典なんかを見て、「砂にまみれた花、ってタイトル、ポールらしいな。」なんて思いながら、収録曲の訳詩を自分でやったこともある。訳していくうちに、「ああ、ポールはやっとビートルズを過去の自分の功績だと認めたんだな」という事も実感できた。それが、あの時のツアーのビートルズナンバーの多さだったのである。
↓フラワーズインザダート関連。シングルカット曲もアナログで買ってました。
 12インチ盤、種類が多すぎて1枚だけ掲載します(笑)これも画像が・・・。
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事前に、オープニングナンバーは「フィギュア・オブ・エイト」だと知って、自分の前にポールが現れる光景を思い受べて、毎日学校どころではなかったのである。ビートルズナンバー満載のコンサートだけれど、ちゃんと新曲をオープニングに据えている所に、当時ポールはまだまだ現役バリバリミュージシャンを意識している、という事で嬉しくて仕方なかった。そして、ポールの髪が肩まで伸びていたことも、嬉しかった。
ポールは自分を見られること、見せる事を意識している。
東京で見たポールは、やっぱり若者を熱狂させたポール・マッカートニーだった。

2回目は1993年、夜行バスで東京へ。オープニングはビートルズの「ドライヴ・マイ・カー」だったのだけれど、ちゃんと当時の最新アルバム「オフ・ザ・グラウンド」の曲も、きっちりコンサートの要所要所で歌われていて嬉しかった。
↓2回目(1993年)の来日パンフ。パンフは茶色の袋に入れられて販売されてました。
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個人的には1990年代に発表したアルバムの中でも、一番ライヴを意識したアルバム。
バンドに拘ってポールが作ったレコードだけれど、ウィングスの「スピード・オブ・サウンド」みたいに、他のメンバーに歌わせることはなくて、ここでもポールはちゃんと「自分を見せる事」を意識していることに、熱狂した。
たしか、当時ポールは「前回のライヴでファンが何を望んでいるのかが分かった」と発言してたけれど、要するにそういうことだったのね。
↓当時の最新作「オフ・ザ・グラウンド」のアナログ。個人的には愛聴盤。
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↓このツアーをまとめたライヴ盤「ポール・イズ・ライヴ」、アナログは2枚組。ジャケは「アビイロード」のパロディ。
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ここでも世界のスーパースター、ポール・マッカートニーは健在だった。

3回目は2002年の「ドライヴィング・レイン・ツアー」。このアルバムは実は評判が芳しくなくて、心配したけれど、ステージで歌うポールはやっぱり、宇宙のスーパースター、ポール・マッカートニーであった。
アルバムでは、ちょうどウィングスで言うと「ワイルド・ライフ」みたいに、この時のバンドの試運転をしたかったのだろう。いまでも、このバンドをバックにしていて、ちゃんと火星一のスーパー・スター、ポール・マッカートニーをサポートしている。
↓ドライヴィング・レインツアーのパンフと会場で使われていた、ナイロン袋。
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↓当時の最新作「ドライヴィング・レイン」、アナログは2枚組。
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今回の来日は4回目である。当初は割と冷静に受け止めたのだけれど、やっぱり金魚鉢で水がなくなった金魚みたいにアップアップしてきた。大変だ、ポールが来る。

40歳の小生が、72歳になるポールを見る。
おそらく、最後の来日になるだろう。そして、小生にとって、最後のポール・マッカートニーのライヴになる可能性は高い。
ジョン・レノンと共に小生の人生を決めた、生き方を決めた人である。
小生にとっても40年間の集大成になると思われる。
それはポールにとって「オール・マイ・ラヴィング」、「エイト・デイズ・ア・ウィーク」から、「エヴァー・プレゼント・パスト」までの道のりでもある。
それは、自分の今まで歩んできた人生の振り返りにもなるのである。
おそらく、ポールのことだから、「今まで自分は間違っていなかった」と自分の道のりが正しかったと再確認させてくれると思われる。

と、のらりくらり書いていると、大阪公演が11月12日に決まったとプレス発表があった。しかしまだ会場は決まっていない。おそらく京セラドームだろう。
すでに、仕事は休みを入れている(笑)。
仕事をしているからポールが見れるのではなく、ポールを見るために仕事をしているのである(笑)。
もし自分が仕事をしてなくてもポールは絶対に、這いつくばってでも見るだろう。

少し前だけれど、ポールのアーカイヴシリーズとして「ウィングス・オーヴァー・アメリカ」が発売された。
よく知られているように、1976年のウィングスの頂点を記録したライヴアルバムである。
このレコードが発売された当時、ウィングスは人気絶頂であって、出すアルバム、切るシングルがほぼすべてチャートの上位に食い込んでいた時代である。
↓豪華絢爛。値段も豪華でした(笑)
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ポールファンならみんな知っているけれど、ここの頂点に上り詰めるまで、ポールの苦労は計り知れないものがあった。アルバムは出せばヒットするけれど、世間の評価はポールに対して冷たかった。今では「マッカートニー」、「ラム」は名盤扱いされているけれど、「バンド・オン・ザ・ラン」を発表するまでのポールに対する世間のポールに対する風当たりはいわゆる「けちょんけちょん」というやつである。
ウィングスは「ポールがライヴ活動を再開するために」1971年に結成された。ビートルズのデビュー前と同じように、ドサ周りからスタートしている。
今では信じられないかもしれないけれど、当初のウィングスはポール以外、素人同然であって、世間の笑いものだったのである。ライヴでコードを忘れて失笑を買ったり、妻であるリンダにキーボードを1から教えてメンバーに加えるという、ポールファンからしても泣きそうになるくらい凄まじい逆境からスタートしている。
↓ツアー開始前のリンダ。
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ポールは逆境に立たないと本気にならない。今までも何度も書いてきたけれど、才能が有り余っているから、普通にやれば平均点以上のものができてしまう。そして世間はそれを手抜きだとか、才能をスポイルしているとか言う。
おそらく本人はそんなつもりはないのだろう、瀬戸際に立つと信じられない才能が発揮される。あの「バンド・オン・ザ・ラン」や、「ノーワーズ」、「ベイビーズ・リクエスト」や「ワンダー・ラスト」のような曲を平然と発表する。

↓アナログ盤も3枚組で再発売されました。素晴らしい音圧。ポスターも復刻。
 こちらはアナログ盤のみに封入されています。
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このライヴアルバムは、ポールがビートルズ解散後、また0からスタートして、再び世界の頂点に立った瞬間を捕えたドキュメンタリーアルバムでもある。
アンコールが当時未発表曲であった「ソイリー」というのも、当時のウィングス人気の凄まじさを物語っているように思える。

↓ツアーには家族も同行。ウィングスはファミリーバンドなのです。
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↓妻リンダに治療?してもらうポール。何歳になっても悪ガキ?(笑)
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それまで頑なに拒んでいたビートルズナンバーを5曲演奏しているのも、ポールが解散から6年たって、ようやくビートルズに対しての蟠りが溶けてきた証拠である。
クレジットが「Lennon=McCartney」ではなく、「McCartney=Lennon」ってなっている所は、ポールの意地だね、きっと(笑)。
今までたくさんのライヴアルバムを発表してきたポールだけれど、ライヴアルバムとしてはこれが最高傑作だろう、きっと。
ツアーからのベスト・テイクを選んだ割には、少しポールの声が擦れているのが気になるけれど、このあたりも含めて淡々とアルバムとして纏めてしまう所が、ポールらしい。勢いを真空パックしたかったのだろう、きっと。
ま、おそらく天然だから、ポールは(笑)。
↓おまけも豪華。これは当時のセットリスト、ポール直筆(のコピー、(笑)
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↓そしてツアーのパンフも復刻して封入。
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↓リンゴも陣中見舞いで参入!二人ともいい笑顔なのだ。
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おまけも凄まじい。今ではツアーにカメラマンを同行させるのは当たり前になっているけれど、当時カメラクルー、カメラマン、そして画家を同行させてスケッチさせていたというのはびっくりしてしまった。
↓ツアーに同行した英国の画家ハンフリー・オーシャンによる80ページのスケッチ。
この人は10ccの名盤「オリジナルサウンドトラック」のジャケを書いた人。
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このあたり、このツアーがポール自身ハイライトになる、と確信していたからだろう、きっと。
このアルバムを聴いて、ポールはジョンに比べて軽い、甘い、などと言う方がおられたらもうサヨウナラというしかない。それくらい、素晴らしいウィングスのロックショーなのである。

↓とにかくおまけが凄まじい。
写真いっぱい。毎日見ても飽きない(笑)
リンダの写真集「LOOK」も一冊そのままおまけ!
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合わせてそのツアーを記録したライヴ・フィルム「ロック・ショウ」も初めてDVDになった。今まで画像の悪い、VHSしか持っていなかったので、嬉しい。
↓やっと美しい画像でDVDになりました。
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基本「オーヴァー・アメリカ」と同じ構成、流れで収録されているけれど、美しくなった映像と、良くなった音で、更に素晴らしい作品に蘇っている。
リッケンバッカーを振り回して熱唱するポール、これを観て感動しない人は、もうお付き合いを考えさせていただこう(笑)

↓5月にはこのフィルムの映画館公開を観てきた。大迫力で、こんなにこの映画はきれいだったかな?と思うくらい鮮明な映像と音の迫力に唖然。
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いよいよ盆が終わって、秋が来たらポール。
小生はいつも「ドリンク・トゥ・ミー(ピカソの遺言)」のポールの「♪アイヴ・ビーン・ウエイティング・フォー・ユー、ベイヴ。」という歌声を聴くたびに、それはこっちのセリフだわ、ポール、と答えるようにしている。

↓早く来い、ポール(笑)
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↓次のリマスターはこれか?
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by hirowilbury | 2013-08-15 18:01 | ビートルズ