カテゴリ:ビートルズ( 24 )

年末が近づいてくると、ビートルズ周辺が慌ただしくなってくる。
ビートルズはもう存在しないにも関わらず、彼らに纏わる話題でバタバタとするというのは、やっぱり彼らがエヴァーグリーンだからだろう。
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今年10月にはポールの新作が出た。
71歳になっても現役で、しかも世界中を未だに熱狂の渦に巻き込んでしまう、ポール・マッカートニーという人は本当に地球人なのだろうか。

元々ロックというのは若者の音楽だったはずである。
しかし、71歳で未だにロックを奏でて、世界中を熱狂させているというのは、ロックにとっては未知の世界なのであって、ストーンズ共々未知の領域に達している。
そしてそのポールが来日する日々を、心待ちにしている我々ポールフリークはもうアラフォー世代といわれる世代に入った。
このあたり、歳を重ねて外見は大人だけれど、中身は子供みたいなんて言われても、悪い気はしないのである。やっぱり、頭の固い大人にはなりたくない。

そして毎年、11月29日になると、ジョージハリスンの命日がやってくる。
2001年に亡くなってすでに12年が経つのに、今でもジョージは沈黙を保って、どこかでニュー・アルバムをコツコツと制作しているような気さえしてくる。

そして更には12月のジョン・レノンの命日がやってくる。
ジョンに至っては、亡くなってから33年が経つのである。
しかし、世界は未だに世界中のミュージシャンがジョンの追悼コンサートなんかを毎年やっている。

もうこうなってくると彼らの存在は宇宙の北極星のような存在なのではないだろうか。
北極星は動かなくて、某音楽ライターも言っていたけれど、永遠に微動ともせずに輝き続けるのではないかと思われる。

そして、今年も年末になって、ビートルズの「新作」が出た。
昨年はリマスター盤のアナログ盤がちょうど今頃出たのだけれど、今年は1994年に出た英国でのラジオ出演時音源を2枚組CDに収めた「LIVE AT THE BBC」に続く続編、ということになる。
このアルバムは、彼らが1963年から1965年にかけて英国BBC放送に残した音源である。
最初に断わっておくと、こういう類のレコードは、ビートルズのアルバムを全部聴きこんでから聴くのが正しい。
↓英国BBC放送での演奏を収めた「LIVE AT THE BBC Vo.2」。前作からの19年ぶりとなる続編。
音質の向上ぶりが凄まじい。今回、Vol.1もリマスターされたので、限定発売されたセットCDを購入。来月にはこのVol.2の4枚組アナログ盤も届きます(笑)

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↓これは今から19年前に発売された1994年発売「LIVE AT THE BBC」の英国アナログ盤。もちろん今でも大切に聴いています。
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↓当時アルバムよりシングルカットされたBBC音源の「Baby It's You」の4曲入りシングルの英国アナログ盤シングルとマキシCDシングル。他の3曲はアルバム未収録だったけれど、今回「Vol.2」に無事収録。めでたしめでたし。
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↓これは通常の日本盤CD。当時2枚組が4700円もしました(笑)。
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昔から音の悪いビートルズのブートレッグを聴き続けてきたファンにとってはこれでも音が良くなっていて、感動してしまうのだけれど、しかし、今の若い人たちはこれを聴いてどう思うのだろうか。
当時のラジオ音源なので音もよくない。
話題になっているからと手に取って聞いてみると、びっくりしてしまうだろうな。

↓星の数ほど出ていたビートルズのブートレッグ(海賊盤)。この本を頼りにコツコツ集めました。本も読みすぎてぼろぼろになってます。小学5年の時に買った本です。
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↓昔は音質の悪いアナログブートを聴きあさりました。もう30年くらい前に買ったアナログブート達。とりあえず棚からすぐに取り出せた数枚を載せておきます。
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↓その後ブートもCD時代へ。音質が飛躍的に向上。お世話になったBBC音源のブートCD達。
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↓中でもこの2枚は公式盤「BBC」に未収録のものが集められていて便利でした。ジャケットも良い!
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元々ラジオ用に演奏したものなので、本来放送されたら破棄されるものだったのである。
一度演奏されて、そして忘れ去られていくべき音源だったのだ。
しかし、当時から熱心なファンがオープンリールのテープレコーダーなんかに残していた音源なんかも寄せ集めて、そしてBBCの倉庫に残されているテープなんかも集められて、こうやってCDとして発売されてしまって、それに世界中が狂喜するのである。
やはり、ビートルズというのは、北極星なのだろう、きっと。
彼ら自身も50年も後になって、こうやってCDなんていうメディアで自分たちの、たった一度きりの演奏した音源が発売されて、世界中が熱狂するなんて、さすがのビートルズの4人も、当時夢にも思っていなかっただろう。

↓今回の「Vol.2」発売に関して、ラジオ局用に配布されたサンプル盤。ラッキーなことに入手できました。
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こういう風にライヴバンドとして全盛期の彼らのライヴ音源を聴かされると、こちらとしては何も抵抗できない。
ただただ、黙って固唾をのんで聴くしかないのである。

この中で凄まじいのは、やはりジョン・レノンである。
古いブートファンからはお馴染みだったけれど、1963年に演奏した「アイム・トーキング・アバウト・ユー」のジョン・レノンはすさまじい。これも当時のファンがテープに録音していたものが元になっているらしい。
小生も、ラジオのノイズがガリガリビリビリと入った音質のブート音源のジョン・レノンの歌声に、耳を澄ますように、食い入るように聴いてきたのである。
しかし、ここは今の技術なのだろう、素晴らしい音質に蘇っていて、びっくりしてしまった。

このジョンの歌声の前では、ポールも、ジョージも霞んでしまう。
ポール・マッカートニーが、ジョン・レノンの事を兄貴であり、共作するコンビであり、唯一無二の親友であり、喧嘩相手であり、そしてライバルでもあったけれど、ファンの一人であったことは本人も認めているけれど、つまりそういう事なのだろう。
目の前で本人にこういう歌声を聴かされると、ジョンより2つ年下のポール・マッカートニーも、さすがの天下の天才ポール・マッカートニーでさえ、怯んでしまうのではないだろうか。

↓1963年3月16日出演「サタデイ・クラブ」より。BBC音源「I'm Taking About You」。チャックベリーのカヴァー。ジョンの歌声が、凄まじくて泣きそうです。鳥肌が立ちます。
http://www.youtube.com/watch?v=T2OCaOVGVNw

この時、ジョンは22歳である。
すでにこの歳にして、人生を知ってしまって、悟ったような歌声である。
ポールがこの曲のギターとベースのリフを「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」に転用したのはマニアでは有名なのだけれど、しかし、ここでのこの曲は、完全にジョン・レノンの独り舞台である。
こうなると、当時20歳のポールも20歳になるかならないかのジョージもコーラスを入れるどころではなくて、ただただバックで演奏しながら、ジョンの歌声に圧倒されたと思えわれる。
ちょうどBBCに出演していた1965年あたりまでは、やはりジョン・レノンが他の3人を引っ張っていたのだろう。
「Vol.1」の時は「キープ・ユア・ハンズ・オフ・マイ・ベイビー」のジョンにやられたのだけれど、今回もやっぱりジョン・レノンである。

↓これは「Vol.1」に収録されていたキャロル・キング、ジェリー・ゴフィンのカヴァー「KEEP YOUR HANDS OFF MY BABY」
ジョンの歌声が眩しい。

http://www.youtube.com/watch?v=ShSEF8W1rKk
↓これはリトル・エヴァが歌ったオリジナル。リトル・エヴァがキャロル・キングのベビーシッターだった事は有名。
http://www.youtube.com/watch?v=FCUNa_RIIxE


ビートルズのリーダーはジョン・レノンであったことが、改めて感じることのできる音源である。
そうなのだ、ビートルズはジョン・レノンのバンドだったのである。
だから、解散後ポール・マッカートニーは頑なにビートルズを避けてきたのである。
それを「君はビートルズだったんだ」とポールに助言したエルヴィス・コステロは、ポールにとっては恩人なのだろう。ポールからビートルズを取り上げてしまうと、ポールではなくなるのだから。
そのあたり、ポールという人はああ見えて頑固だからね。

ここでのポール、ジョージ、リンゴの歌声は、当然ながら若々しくて爽やかな感じだけれど、ジョン・レノンだけは違う。
人生をかけているような歌声が全編を覆っていて、さすがにこちらも聴いていると背筋がピンとなる。
こういうジョン・レノンの歌声に、我々はやられたのである。凄まじい。

内容は1994年に「Live At The BBC」として発売されたものから、漏れたものが中心になっている。
しかし、前回漏れたものであっても、ジョンの歌声、そしてポール、ジョージ、リンゴの歌声は北極星なのであって、いつになっても輝きが失われていない。
中には前回収められたヴァージョンよりも、素晴らしいものもゴロゴロ入っている。

よく知られているようにBBCでの出演時は、レコードには収録しなかった曲が多く演奏された。
殆どがカバー曲なのだけれど、こうやって聞くとやはり彼らはロックンロールバンドだったのだと再確認させられる。
本来、新作の宣伝の出演なのだろうけど、新作は宣伝しなくても売れる、という自信がみなぎっているようにも聞こえる。新曲を演奏しなくても、ファンは自然と新作が欲しくなってしまうだろうな、こんな演奏や歌声を聴かされたら。
ビートルズは世界中の正しい若者たちの正義のヒーローだったのだから。

こうなったら、あの「ライヴ・アット・ハリウッドボウル」もちゃんとCD化していただきたい。
現在のところ、公式にちゃんとライヴ・バンドとしてのビートルズを体感できるのは、アンソロジーの一部と、このBBCライヴだけである。
アップルの偉い方に会えるならば、そのあたり「早く出してもらわないと困ります!」と親切丁寧、かつ下からペコペコとお願いしたい(笑)。

「Live AT The BBC Vol.2」は、ジャケット写真が1963年のパリで撮影されたものなのに、カラーというのが、個人的にはうれしい。
ビートルズというのはモノクロームが良く似合うけれど、このカラー写真は素敵だな。
その美しい4人の写真の中で、ポールが小脇に抱えているシングルレコード盤は、誰のなんていうレコードなのだろうか。
気になってしょうがない。
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↓「Live At BBC Vol.2」発売プロモーション用フィルム
http://www.youtube.com/watch?v=RkPZH4MYCKM
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by hirowilbury | 2013-11-09 08:00 | ビートルズ

毎日の日課になっているのが、仕事帰りに一杯飲むことである。
以前は、必ず誰かに誘われたり、時には時間のある人にこちらから声をかけて、必ず複数で飲みに行っていたのだけれど、最近はそうではなくて一人で行くことが多い。

元々大勢の人と団体行動はあまり好きなほうではないので、多くても2、3人くらいで飲みに行く方が好きであって、だから、一人でも全く苦にならないのね。
気心の知れた人と2、3人で行くのが全く持ってベストだけれどね。

よく入ったことのない居酒屋とか立ち飲みには一人では入れない、知ってる人もいないから、なんていう人がいるけれど、入れば楽しいのである。
それに、店の中が知っている人ばかりであれば、飲みに行かないよ、小生は(笑)。

当たり前だけれど、知らない人が圧倒的であって、そこで知らない人に声をかけられたりするのが楽しい。
名前も住んでるところも、もちろん歳だってわからない。
たまに性別すらわからないひとだっているから困るんだけど(笑)

仕事が終わる、「ああ、やっと自由だ」なんて思いながら、電車に乗って途中下車して、特に行く店も決めず繁華街を歩く。そしてほとんどセットになっているのが、CD屋を覗くことである。
もちろん必ず買う、といことはないけれど、でもウロウロして陳列されているCDや雑誌や、グッズを眺めてみるだけでもいい。
そこで気になるCDがあれば購入して、居酒屋や立ち飲みに行って、ブックレットを見たりて、楽しんでいる。
それが楽しみの一つである。

ポールマッカートニーの来日が決まって約5か月。
ようやく11/12の大阪会場も京セラドームに決まって、チケットも届いた。
おそらく今までで一番いい席が取れた、万歳万歳を三唱していたら、11/11に追加公演が急遽決まってびっくりしてしまった。

本当は今回、東京、福岡、すべての公演を追っかけてやろうと思っていたのだけれど、さすがに仕事の都合で断念せざる終えなくて、大阪公演のチケット取得にすべてをかけたのである。
とりあえず、11日にウォームアップしていただいて、12日本領発揮していただこうじゃないか、ポール爺さんに(笑)。
11日にはグッズを買いに行って、12日はゆっくり公演の観戦に専念することにしよう。

↓ポールの新作「NEW」。日本盤は世界最高の4ボーナストラック入り全16曲。
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ポール6年ぶりのニューアルバム「NEW」を聴いていると、ポールマッカートニーという人は、一人で飲みに行ったりしない人なんだろうなあ、と勝手に想像してしまった。
有名人だから本当にピンで行くなんてないだろうけれど、もし一人でいける環境であっても行くのだろうか、行かないのだろうか。
おそらく、「行かない」だろう。
多くに人に囲まれて、新しい要素を吸収して作品を生み出していく人なので、そういう事は頭にはないのではないだろう。
一緒に飲みに行った人の友人を通じて、さらに友人を増やしていくタイプなのかな。
聴きながら、そんなことを思ったりした。

↓ちゃっかりいただいた新作宣伝用パンフ。3枚もらいました(笑)
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↓チラシ裏面は現在入手できるポールのアルバムたち。早く過去の名作も再発してね、ポールちゃん。
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6年ぶりの新作と言っても、2011年に昔のスタンダートナンバーをカバーした「KISSES ON THE BOTTOM」を発売したり、そのライヴ映像を出したり、そして過去の作品のボックスセットなんかの発売もあったから、久しぶりな感じはしない。
このニューアルバムを聴いていると、「過去の僕の作品はそれで振り返ってくれればいい。でも新作は新しい事を自由にやるから」というポールの声が聞こえてきそうな作品になっている。
ある時期は遠くへ行った友達から「元気にしてるで」といった手紙のような感じでアルバムを届けてくれたらそれで十分だと思っていたので、こうやって早い手紙のレスポンスはやっぱりうれしい。
ポールの歌声が聞こえてくるだけで、笛や太鼓を持って走り回りたくなるくらい、嬉しいのだから、我々ポールファンは。

↓ブックレットより。
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初めてニューアルバムを聞いたときの印象は1986年の「PRESS TO PLAY」である。
ポールが自ら「あれは失敗作だった」と語る、暗黒時代のポール、と呼ばれる時代のアルバムである。
最近のポールの音つくりの傾向からしてある程度の内容は予想できたのだけれど、これはポールのアルバムの中でも「辛口スパイス」の利いた一枚なのではないだろうか。
↓1986年発表「PRESS TO PLAY」。当時は失敗作のレッテルを貼られて、ポール本人も認めた。
だけど、それは「世間一般に比べて」完成度は高水準。ただし、少しいじくりすぎたかな・・。
ジャケットはジョンの「ダブル・ファンタジー」を意識した?(笑)
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しかし、あの時と圧倒的に違っているのは「ポールの周囲にいる人間のポールに対する接し方」である。
あの時は「ポール・マッカートニーという王様」を知っている人間が制作に携わっていて、ポールが絶対に王様だったのである。
ポールがこう言えば、周りはそうする。
ポールが違うといえば、周りもそれに同意する。
もちろん、今でもポールはキングなのだけれど、しかし、当時のポールは周りを寄せ付けないくらいの神格化された感じがあって周りはイエスマンばかりだった。
だから僕はそうではなくて一人の人間なんだ、という意味を込めて地下鉄なんかで一般市民と触れ合っている風景を収めた「PRESS」のクリップを撮ったりしたのだろう。これは小生の勝手な想像だけれど。

↓1986年「PRESS TO PLAY」からの先行シングル。中学生だった当時は、予約して買いました。名曲なんですけど、中年太りしたポールのPV見て苦笑いした記憶が(笑)
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↓あれ、写真が横向いてる・・横向いてみてください(笑)
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今回、若いプロデューサー4人と組んでいて、おそらくポールの作品に対してもかなり口を出しているように思える。
そしてポール自身、それを望んでいるようにも思える。
そしてそれを心底楽しんでいるようにも見える。

昔からポールは共作とか、共同プロデューサーってのを好む人なので意外ではないのだけど、2000年代に入ってその色が濃くなってきて、そして一緒に仕事をした人は、口をそろえて「ポールとの仕事は素晴らしかった。ポールは素晴らしい人」という。
ビートルズアンソロジーが出る前の、ポールに対する周りのミュージシャンのイメージは違ってきているように思える。要するに、当時は周りが勝手にポールを手の届かない神様だと勘違いして、神格化していたのだろう、きっと。
勝手に、周りが何もポールに対して何も言わなかった、そして言えなかったのである。

ポールという人は元々そうではないのだけれどね。
そんなポールの神的な扱いに一石を投じたのがエルヴィス・コステロだったことは、ポールファンならば誰もが知っている。

↓1989年「FLOWERS IN THE DIRT」からの1stシングル「MY BRAVE FACE」。エルヴィス・コステロとの共作。これでポールは息を吹き返しました。高校生だった小生が涙した1枚。
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今回音の作り方にしても4人のプロデューサーの色が4人4色に出ている。つまりそういうことなのであろう。
ポールが4人のプロデューサーの色に自分の身を任せたのである。

アルバムは12曲収録で、日本盤が世界で一番ボーナストラックを含む16曲入り。
「セイヴ・アス」は80年代のカッコいいポールの典型的なロックンロール。ポール・エプワースとの共作。
アデルのプロデューサーのポール・エプワースとは、その他にも3曲も共作しているし、そのすべてが80年代のポールの良質な部分を再構築した現代のロックンロールである。

↓ブックレットより
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「オン・マイ・ウェイ・トゥ・ワーク」は僕らが知っているメロディアスでリズミカルなポール・マッカートニーである。
これはかのジョージ・マーティンの息子ジャイルズがプロデュース。このあたり、彼の幼いころからポールおじさんを知っている、彼に対するイメージなのだろう。
少しアジアっぽい間奏も入っているけれど、しっかり土台がアコースティックギターで出来ている曲である。
「アイ・キャント・ベッド」は「オンリー・ママ・ノウズ」みたいなリフと「バンド・オン・ザ・ラン」の様な頼りないシンセの音が入って、サビの部分はまるで「ゲット・バック」であるところが微笑ましい。
このあたり、プロデューサーが客観的にポールを見ているから出来る、ポールの過去のパロディである。

イーサン・ジョーンズはなんと、かの名プロデューサー、グリン・ジョーンズの息子である。
ビートルズの幻のアルバム「ゲット・バック」をプロデュースしながら、没にされてしまった親父の敵討ちなのだろうか?非常にポールらしい音に仕上げていて、昔からのポールファンであれば、4人のプロデューサーの中では、彼との相性が一番と感じるのでは?と思われる。
「ホザンナ」はポールらしい、アコースティックな切なさが出ていて、素晴らしい。
ボーナストラック扱いだけれど、「ターンド・アウト」は我々が知っているポップでキャッチーなポール・マッカートニーである。少しE.L.Oっぽい曲なのだけれど。

そしてシングル「NEW」もプロデュースしたマーク・ロンソンは自らポールにプロデューサーを名乗り出た人物であって、先行シングル「NEW」も世間が知っている、我々が大好きなポール・マッカートニーである。
最初にこの曲を聴いたとき、本当に涙がチョチョギレるほど、感動した。
おそらくポールはササッと仕上げた曲なのだろう。しかし、世間はそういうインスタントなポールマッカートニーを愛しているのである。
↓ブックレットより
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全体的にポールの声がノイジーに処理されていたり、音つくりが打ち込み多様でまるでファイアーマンみたいになっているところもあるけれど、やっぱり、当たり前だけれどポールの声なので安心する。
ポール・マッカートニーのアルバムを聴いていて、ポール・マッカートニーの声が聞こえてきて安心するのも変だけど(笑)

↓さて、ポール祭りでも開始しようかな(笑)
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さて、ポールが来日する。
おそらく今回が本当に最後の来日になるかもしれない。
この日はだれに何を言われても、仕事は切り上げて、会場に向かう。
この日はそっとしておいてね(笑)

ポールは行く居酒屋を決めてから行くのかな?なんて思いながら、おそらく小生と同じで決めずに行く人なのだろう、きっと。しかし、徹底的に違うのは、大勢の人と行くんだろうな、と思いながらニュー・アルバムを聴いた。
そしてもし、日本の居酒屋でポールが一人で飲んでいる姿を見たら、小生は間違いなくこう声をかけるだろう。
「I‘ve Been Waiting For You Babe、Paul」
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by hirowilbury | 2013-10-20 18:01 | ビートルズ

お盆である。お墓参りで帰省してきた。
年に何回かは田舎に帰省する。しかし、もう昔の建物とか道路なんかも殆ど変ってしまって、生まれた地であっても、殆どもう違う場所になりつつある。自分で田舎を車で走っていて、道に迷うなんてこと、思っても見なかった。
所々に自分にとって懐かしい場所はあるけれど、もう数えるほどになってしまっている。
今回も色々車で街中を走ってみたけれど、道もよくわからない(笑)
なので景色も昔からそう変わっていなくて、自然がそのまま残る場所を走る事が、多くなってきて、それが帰省時の楽しみになってる。

変らないというと、昔からよくお世話になったレコード屋のおじさんに挨拶に行った。
小生が小学生の時から、レコードを買ったり、買わないのにジャケットを見つめに行ったり(笑)していた、地元のレコード屋さんのおじさんに。
毎回、帰省した時には挨拶に行くのだけれど、聞くと、もう3年で定年だそうだ。小生はもう40歳になって、おじさんは57歳である。
つまりそういうことなのだろう。最初に出会ってから、33年ほどの付き合い。
時は流れたのである。
おそらく小生のことは、自分の親よりご存じなのではないか、と思われるくらいの付き合いである。
昔から、シングル盤を買っただけなのに、いろいろビートルズ、ポールの販促グッズをわざわざ取っておいて、いつもくれた。今でも殆ど大切にしていて、ポスターなんぞしっかり、筒に入れて保管している。
今まで何度か引っ越ししたけれど、それでも全てちゃんと大切に保管している。
画家の横尾忠則氏が4人を描いたポスター。これは貴重品で、そのおじちゃんはわざわざ小生の為に、保管してくれて、ポールの12インチシングル「テイク・イット・ア・ウェイ」を買ったときにおまけでくれた。このポスター、今では超プレミアがついていることで有名である。

↓これが当時いただいた横尾忠則氏のポスターと、その時買った「テイク・イット・ア・ウェイ」の12インチ。
あれ?画像がまっすぐにならない・・。
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↓横尾さんは70年代のサンタナのアルバムジャケも手掛けた方です。世界的に有名。
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こういう風に行きつけで、昔から気心も知れていて、あうんの呼吸に近い町のレコード屋さんのおじさんがいる店。おじちゃんには、小学低学年の小生が「おっちゃん、こんな曲のレコード探してる。♪ラララ~」とメロディを目の前で歌ったこともある(笑)。おじちゃんは「なんじゃ、その歌(笑)」と言いながらも、他の店員さんに問い合わせながら、その下手な歌声を元に、その曲を探して、レコードを取り寄せてくれたこともあった。
こういう風にレコードを、CDを買う機会はもうなくなっていくのだろう。


そして母の実家、生家。墓参りに行ったけれど、ここはほとんど昔と変わっていない。
家が老朽化したりして建て替えている家もちらほらあるけれど、基本は昔の道や、畑、そして川なんかもそのまま残っている。
↓昔走り回った田舎の道。昔から殆ど変らず。
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夏休みの半分以上をここで過ごしたこともあった。毎日毎日、走り回っていた道もそのままである。魚取りをした川や、夏休みスタンプカードを持って通ったラジオ体操の公民館もそのまま残っていた。
おばあちゃんに手を引かれながら、お菓子を買いに行った駄菓子屋さんも、もうお店はやっていないけれど、ちゃんと建物の残っている。
こうして、自分の行きたい場所を訪れながら、お盆の帰省は終了した。
次、帰省できるのは正月だろうか。
時間があれば、一人で車を飛ばしてお忍びで帰るのも、いいかな。

さて、お盆が終わると、次は11月のポールである。
もう、9月も10月もすっ飛ばして、早く11月が来ればいいのに(笑)。


ポール・マッカートニーの来日が正式に決まった。
今までポールはソロとして3回来日している。
最初は1990年で小生は高校生だった。このツアーの時は1980年にウィングスで来日しながら、成田空港でお縄になってしまった事もあって、もう毎日TVに噛り付き、ポールの映像が流れればポールと名の付く番組は、何でもヴィデオテープに録画、ポールが記事になれば、雑誌から新聞から、あらゆる記事をスクラップして保管して一人優越感に浸っていた。
新聞の番組欄に「ポール来日特集」と書いてあった当時放映されていた番組はほぼすべて録画して保管した。
中には、「とんねるずのみなさまのおかげです」を録画して、あとで見てみると、ポールはポールでも、ポール牧が「はーい、私がポールよ」と指をバチバチ鳴らしながら出てきて、憤慨したこともあった(笑)。今でも、そのVDテープ、持ってるけどね(笑)。
↓1990年初来日のツアーパンフ。左上、下は日本以外のパンフ。右は日本語版パンフ。あ、右下は会場で買った懐かしのテレフォンカード(笑)画像が横向いてる・・。
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来る日も来る日も当時の最新作「フラワーズ・イン・ザ・ダート」を聴きながら、普段、学校の勉強で使うこともなかった英和辞典なんかを見て、「砂にまみれた花、ってタイトル、ポールらしいな。」なんて思いながら、収録曲の訳詩を自分でやったこともある。訳していくうちに、「ああ、ポールはやっとビートルズを過去の自分の功績だと認めたんだな」という事も実感できた。それが、あの時のツアーのビートルズナンバーの多さだったのである。
↓フラワーズインザダート関連。シングルカット曲もアナログで買ってました。
 12インチ盤、種類が多すぎて1枚だけ掲載します(笑)これも画像が・・・。
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事前に、オープニングナンバーは「フィギュア・オブ・エイト」だと知って、自分の前にポールが現れる光景を思い受べて、毎日学校どころではなかったのである。ビートルズナンバー満載のコンサートだけれど、ちゃんと新曲をオープニングに据えている所に、当時ポールはまだまだ現役バリバリミュージシャンを意識している、という事で嬉しくて仕方なかった。そして、ポールの髪が肩まで伸びていたことも、嬉しかった。
ポールは自分を見られること、見せる事を意識している。
東京で見たポールは、やっぱり若者を熱狂させたポール・マッカートニーだった。

2回目は1993年、夜行バスで東京へ。オープニングはビートルズの「ドライヴ・マイ・カー」だったのだけれど、ちゃんと当時の最新アルバム「オフ・ザ・グラウンド」の曲も、きっちりコンサートの要所要所で歌われていて嬉しかった。
↓2回目(1993年)の来日パンフ。パンフは茶色の袋に入れられて販売されてました。
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個人的には1990年代に発表したアルバムの中でも、一番ライヴを意識したアルバム。
バンドに拘ってポールが作ったレコードだけれど、ウィングスの「スピード・オブ・サウンド」みたいに、他のメンバーに歌わせることはなくて、ここでもポールはちゃんと「自分を見せる事」を意識していることに、熱狂した。
たしか、当時ポールは「前回のライヴでファンが何を望んでいるのかが分かった」と発言してたけれど、要するにそういうことだったのね。
↓当時の最新作「オフ・ザ・グラウンド」のアナログ。個人的には愛聴盤。
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↓このツアーをまとめたライヴ盤「ポール・イズ・ライヴ」、アナログは2枚組。ジャケは「アビイロード」のパロディ。
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ここでも世界のスーパースター、ポール・マッカートニーは健在だった。

3回目は2002年の「ドライヴィング・レイン・ツアー」。このアルバムは実は評判が芳しくなくて、心配したけれど、ステージで歌うポールはやっぱり、宇宙のスーパースター、ポール・マッカートニーであった。
アルバムでは、ちょうどウィングスで言うと「ワイルド・ライフ」みたいに、この時のバンドの試運転をしたかったのだろう。いまでも、このバンドをバックにしていて、ちゃんと火星一のスーパー・スター、ポール・マッカートニーをサポートしている。
↓ドライヴィング・レインツアーのパンフと会場で使われていた、ナイロン袋。
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↓当時の最新作「ドライヴィング・レイン」、アナログは2枚組。
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今回の来日は4回目である。当初は割と冷静に受け止めたのだけれど、やっぱり金魚鉢で水がなくなった金魚みたいにアップアップしてきた。大変だ、ポールが来る。

40歳の小生が、72歳になるポールを見る。
おそらく、最後の来日になるだろう。そして、小生にとって、最後のポール・マッカートニーのライヴになる可能性は高い。
ジョン・レノンと共に小生の人生を決めた、生き方を決めた人である。
小生にとっても40年間の集大成になると思われる。
それはポールにとって「オール・マイ・ラヴィング」、「エイト・デイズ・ア・ウィーク」から、「エヴァー・プレゼント・パスト」までの道のりでもある。
それは、自分の今まで歩んできた人生の振り返りにもなるのである。
おそらく、ポールのことだから、「今まで自分は間違っていなかった」と自分の道のりが正しかったと再確認させてくれると思われる。

と、のらりくらり書いていると、大阪公演が11月12日に決まったとプレス発表があった。しかしまだ会場は決まっていない。おそらく京セラドームだろう。
すでに、仕事は休みを入れている(笑)。
仕事をしているからポールが見れるのではなく、ポールを見るために仕事をしているのである(笑)。
もし自分が仕事をしてなくてもポールは絶対に、這いつくばってでも見るだろう。

少し前だけれど、ポールのアーカイヴシリーズとして「ウィングス・オーヴァー・アメリカ」が発売された。
よく知られているように、1976年のウィングスの頂点を記録したライヴアルバムである。
このレコードが発売された当時、ウィングスは人気絶頂であって、出すアルバム、切るシングルがほぼすべてチャートの上位に食い込んでいた時代である。
↓豪華絢爛。値段も豪華でした(笑)
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ポールファンならみんな知っているけれど、ここの頂点に上り詰めるまで、ポールの苦労は計り知れないものがあった。アルバムは出せばヒットするけれど、世間の評価はポールに対して冷たかった。今では「マッカートニー」、「ラム」は名盤扱いされているけれど、「バンド・オン・ザ・ラン」を発表するまでのポールに対する世間のポールに対する風当たりはいわゆる「けちょんけちょん」というやつである。
ウィングスは「ポールがライヴ活動を再開するために」1971年に結成された。ビートルズのデビュー前と同じように、ドサ周りからスタートしている。
今では信じられないかもしれないけれど、当初のウィングスはポール以外、素人同然であって、世間の笑いものだったのである。ライヴでコードを忘れて失笑を買ったり、妻であるリンダにキーボードを1から教えてメンバーに加えるという、ポールファンからしても泣きそうになるくらい凄まじい逆境からスタートしている。
↓ツアー開始前のリンダ。
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ポールは逆境に立たないと本気にならない。今までも何度も書いてきたけれど、才能が有り余っているから、普通にやれば平均点以上のものができてしまう。そして世間はそれを手抜きだとか、才能をスポイルしているとか言う。
おそらく本人はそんなつもりはないのだろう、瀬戸際に立つと信じられない才能が発揮される。あの「バンド・オン・ザ・ラン」や、「ノーワーズ」、「ベイビーズ・リクエスト」や「ワンダー・ラスト」のような曲を平然と発表する。

↓アナログ盤も3枚組で再発売されました。素晴らしい音圧。ポスターも復刻。
 こちらはアナログ盤のみに封入されています。
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このライヴアルバムは、ポールがビートルズ解散後、また0からスタートして、再び世界の頂点に立った瞬間を捕えたドキュメンタリーアルバムでもある。
アンコールが当時未発表曲であった「ソイリー」というのも、当時のウィングス人気の凄まじさを物語っているように思える。

↓ツアーには家族も同行。ウィングスはファミリーバンドなのです。
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↓妻リンダに治療?してもらうポール。何歳になっても悪ガキ?(笑)
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それまで頑なに拒んでいたビートルズナンバーを5曲演奏しているのも、ポールが解散から6年たって、ようやくビートルズに対しての蟠りが溶けてきた証拠である。
クレジットが「Lennon=McCartney」ではなく、「McCartney=Lennon」ってなっている所は、ポールの意地だね、きっと(笑)。
今までたくさんのライヴアルバムを発表してきたポールだけれど、ライヴアルバムとしてはこれが最高傑作だろう、きっと。
ツアーからのベスト・テイクを選んだ割には、少しポールの声が擦れているのが気になるけれど、このあたりも含めて淡々とアルバムとして纏めてしまう所が、ポールらしい。勢いを真空パックしたかったのだろう、きっと。
ま、おそらく天然だから、ポールは(笑)。
↓おまけも豪華。これは当時のセットリスト、ポール直筆(のコピー、(笑)
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↓そしてツアーのパンフも復刻して封入。
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↓リンゴも陣中見舞いで参入!二人ともいい笑顔なのだ。
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おまけも凄まじい。今ではツアーにカメラマンを同行させるのは当たり前になっているけれど、当時カメラクルー、カメラマン、そして画家を同行させてスケッチさせていたというのはびっくりしてしまった。
↓ツアーに同行した英国の画家ハンフリー・オーシャンによる80ページのスケッチ。
この人は10ccの名盤「オリジナルサウンドトラック」のジャケを書いた人。
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このあたり、このツアーがポール自身ハイライトになる、と確信していたからだろう、きっと。
このアルバムを聴いて、ポールはジョンに比べて軽い、甘い、などと言う方がおられたらもうサヨウナラというしかない。それくらい、素晴らしいウィングスのロックショーなのである。

↓とにかくおまけが凄まじい。
写真いっぱい。毎日見ても飽きない(笑)
リンダの写真集「LOOK」も一冊そのままおまけ!
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合わせてそのツアーを記録したライヴ・フィルム「ロック・ショウ」も初めてDVDになった。今まで画像の悪い、VHSしか持っていなかったので、嬉しい。
↓やっと美しい画像でDVDになりました。
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基本「オーヴァー・アメリカ」と同じ構成、流れで収録されているけれど、美しくなった映像と、良くなった音で、更に素晴らしい作品に蘇っている。
リッケンバッカーを振り回して熱唱するポール、これを観て感動しない人は、もうお付き合いを考えさせていただこう(笑)

↓5月にはこのフィルムの映画館公開を観てきた。大迫力で、こんなにこの映画はきれいだったかな?と思うくらい鮮明な映像と音の迫力に唖然。
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いよいよ盆が終わって、秋が来たらポール。
小生はいつも「ドリンク・トゥ・ミー(ピカソの遺言)」のポールの「♪アイヴ・ビーン・ウエイティング・フォー・ユー、ベイヴ。」という歌声を聴くたびに、それはこっちのセリフだわ、ポール、と答えるようにしている。

↓早く来い、ポール(笑)
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↓次のリマスターはこれか?
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by hirowilbury | 2013-08-15 18:01 | ビートルズ

先日の続きである。
本当は先に3枚ほど紹介したかったのだけれど、やはりビートルズ関係のCDを紹介するとなると、つい熱が入ってしまって長くなってしまって。。
なので、二回目は1枚の紹介。

このCDはオフィシャルなのかどうか、よくわからない。怪しいCDである。
タイトルは「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」。
こういうハーフ・オフィシャルっぽいCDは、アナログ時代も含めて今まで数え切れないほど発売されていて、殆ど購入を見送るのだけれどね。

↓ヤフー独占販売?やっぱり、ハーフ・オフィシャルってやつですかね。。
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内容は、昔、確かにオフィシャルで出回っていた音源もあるけれど、録音から50年が経過して、どのレコード会社でもビートルズの音源を発売して良くなったということなのだろうか。
このあたりの音源をビートルズのメンバー、それからオノ・ヨーコ、オリヴィア・ハリスンが認めたとは思えないのだけれど。

このCDは2枚組で、1枚目は例のトニーシェルダンのバックでデビュー前のビートルズが「ビート・ブラザーズ名義」で演奏したものである。
要するにトニーシャルダン&ザ・ビート・ブラザーズ名義。
ビートルズがバックを演奏している「マイ・ボニー」というシングル盤を、ある少年がブライアン・エプスタインの経営するレコード店へ購入しに来店し、問い合わせするも在庫が無く、品揃えを売りにしていたブライアンは、このレコードの存在を検索しまくって少年の要望に応えたのである。
これが、後にビートルズのマネジャーとなるブライアンとビートルズの最初の出会い、と言われている。色々諸説はあるけれど。
そして、そのビートルズがブライアンのレコード店近くのキャヴァーン・クラヴというライヴハウスで演奏していると聞き、すぐさま出向いて、彼らの演奏を聞いて、ひと目で魅了され、自らマネジャーを申し出たのである。演奏なのか、彼らの姿に魅了されたのか、というのも諸説があるんだけどね。

↓収録曲は全部でインタビュー音源も含め49トラックス。
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↓その他のラインナップはこちら。殆どがデビュー前、直後の音源。このラインナップに「STYX」って(笑)
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でも、本当にビートルズが「ビートブラザーズ」名義で演奏したのは8曲ほど。
だからトニーの音源が21曲も入っているけれど、それ以外の音源は別のバンドの演奏だと思うのだけれど。
昔から手を変え品を変え、何度も再発売されてきた音源である。
小生も探してみたら過去に購入したLPや、CDが結構あった。

↓バックバンド時代のCD。「ビートルズ1961」はCD初版で中学1年の時購入。帯も懐かしいシール式で3、300円(!)、国内盤だけれど、盤はドイツプレス(^^;27年前、CDno黎明期ですね(^^;
 「ヤング・ビートルズ」もテイチクから発売された同種の音源。これも1986年購入。当時まだ、彼らのオリジナルアルバムはCD化されてなくて、こういう「参考書」的なCDしかなかたんです。

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それから英国BBCラジオでデビュー前に出演した貴重な出演から「ドリーム・ベイビー」や「ベサメ・ムーチョ」、それと「ピクチャー・オブ・ユー」なんてのも入っている。これもドラムはピート・ベストである。まだリンゴは加入していない。
これもオフィシャルなのか?昔、ブートでは聴いたけれど。。

おそらく当時ファンがAMラジオをテレコのリールテープに録音した音源だと思われる、非常に音質の悪い録音である。しかし、デビュー前のビートルズのラジオ出演である。残っていたこと自体が奇跡ということなのだろう、きっと。
ポールがロイ・オービスンのモノマネみたいに歌っているのが微笑ましい。

↓ビートルズの英国BBC音源を1994年に公式に発売した「LIVE AT BBC」(下)。この場所、小生もイギリス行った時、同じカットで写真撮りました(笑)
未収録になった音源がさらに「Vol.2」(右上)「Vol.3」(左上)とブートレッグで発売。
1995年ごろですね、発売は。ジャケも良くて、実は今でもよく聴いてます。
「Vol.2」に音の悪いその3曲が収録されてます。

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2枚目は全21曲で、頭10曲が、あの有名なデッカ・オーディションのテープである。これもドラムはピート・ベスト。
この音源も昔、オフィシャルでレコードが出ていた。昔懐かしいトリオ・レコード、あとテイチク・レコードから出てたのを所有している。田舎に置いてきたけどね。
この時はビートルズではなくて、バンド名が「シルヴァー・ビートルズ」である。
なんか、老後のボランティア団体みたいなバンド名だな、シルバー・ビートルズって(笑)…。

↓「デッカ音源」のアナログ盤はやはり実家か。。その代わり、テイチク発売、彼らのインタビューレコードが出てきました。上の2枚はピクチャーレコード。対訳を必死に見ながら聞いたものです。テイチクからは1985年か86年ごろの発売かな?その前は1981年、2年頃、トリオから発売されてた記憶あり。
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1962年1月1日。この音源はかの有名なレコード会社のオーディションテープなのだけれど、この演奏を聞いたデッカのディック・ロウは「この手の音楽は流行らない」とビートルズを不合格にする。
そして、この不合格になったオーディションのテープを持って、マネージャーに就任したブライアンエプスタインは英国中のレコード会社を走り回る。しかし、どのレコード会社にも見向きもされず、諦めかけた頃に立ち寄ったのがEMI。興味を持ったのが、EMIのジョージ・マーティンだったという話は有名であり、今では伝説である。

その後、ビートルズが「ラヴ・ミー・ドゥ」でデビューして「プリーズ・プリーズ・ミー」のヒットを放って、「抱きしめたい」で世界に羽ばたいて行ったことは、承知の事実である。
ビートルズの才能を見抜けなかった、デッカのディック・ロウはその後、即刻クビになったらしい。

しかし、演奏はおぼつかない感じだけれど、流石に4人の歌声は若い。
特にポールは若くて、まだ幼い感じである。
ジョージもたくさん歌っているけれど、まだまだ不安定である。
昔から思っていたのだけれど。なぜこの時、ジョンとポールはジョージに3曲も4曲も歌わせたのだろう。
どう考えても、自分たちが真っ先に歌いそうな二人である。
このへん、小生の中で昔からの謎である。

ほとんどがカヴァー曲であって、このあたり、マネジャーであるブライアンの策略のような気がする。昔からよく知られているスタンダートナンバーを演奏させた方が、スタッフ受けもいい、と考えたのだろう。

その中でビートルズは3曲のオリジナルを演奏しているけれど、ここでは「ラヴ・オヴ・ザ・ラヴド」が収録されている。ポールが後にシラ・ブラックにプレゼントした曲である。少し話が逸れるけれど、シラ・ブラックは、後にビートルズの「妹分」としてデビュー、後に英国を代表する歌手になる。デビュー前は、キャバーンクラブのクローク嬢をしていて、ビートルズには可愛がられた人である。マネジャーは同じブライアン・エプスタインである。

話を戻して…
「トゥ・ノウ・ハー・イズ・トゥ・ラヴ・ハー」を歌っているジョン・レノン。
本当にこの人はこの時21歳なのだろうか。
もともと小生はこの曲自体が大好きなのだけれど、ここでのジョンの歌声はどういうことだろう。
まるで既に人生を知り尽くしたような歌声である。
ジョン・レノンという人は、21歳で、この時すでに人生を悟っていたのだろうか。

その他、キャバーンクラブでの音源も3テイク入っている。
2テイクが「サム・アザー・ガイ」であって、ひとつはフィルムも存在する、1962年8月22日のヴァージョン。もう一曲が1962年9月5日のテイクである。その日の音源は「カンサス・シティ」まで入っている。これは、オフィシャル・アンソロジー「ビートルズ・アンソロジー」にも一部公開されていたヴァージョンなのかな。
9月5日の「サム・アザー・ガイ」。
こっちの演奏の方が素晴らしい。ファンが興奮するのもわかる。
キャバーンクラブでの音源が残されている自体、奇跡的なのだけれど、小生が見たいのはこの時のビートルズである。
ちなみに、この時の映像はドラムがピート・ベストからリンゴ・スターに変わった直後。
ピートの人気が高かったので、フィルムの最後に「ピートを出せ!」というファンの罵声が聞こえる。

↓1962年8月22日、キャバーン・クラブでのビートルズ。映像自体、奇跡的。
http://www.youtube.com/watch?v=gFSP6wK2gwU&sns=em

ここでもやはり、ジョンレノンがメンバーの中では、一歩、いや、二、三歩ほど抜きん出ている。
MCも間違いなく、ジョンレノン、その人の声である。
ポールもジョージもそれぞれ、20歳、19歳と、やっぱりまだまだ流石に青い。

↓これは、ハンブルグ時代のライヴを収録した2枚組ライヴ。これも4人の発売許可があったか微妙。
でもこれは公式に発売されたレコード。これは小学6年の時大枚叩いて買って、音の悪さに愕然とした、でも何回も聞いたレコード。演奏のスピード感は、パンク?

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後はキャバーンクラブでのリハーサルなんてのも入っている。
後に再演することになる「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」、「ワン・アフター・909」とか、ポールのオリジナルインスト「キャッツ・ウォーク」なんかも入っている。このあたり、ブートを聞いているファンにはおなじみなのね。

↓「デッカ・オーディション・テープス」と呼ばれる彼らのオーディション音源。
一時期、トリオ、テイチクから「レノン・マッカートニー作品以外」を収録した公式なLPが出てましたが、これはそれも完全収録したブートCDです。
このCD、先ほどのキャバーンリハーサル音源も入ってます。

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「アイ・ソー・ハー~」は、イントロにハーモニカが入っていて、非常にブルージーである。
後のチャックベリー風ではなくて、原型はこうだったのだろうか。
こういうテイクを聞くと、ビートルズのデビュー曲になぜ「ラヴ・ミードゥ」が選ばれたのか、わかったような気もする。

そして最後はなんと、オフィシャル音源の「ラヴ・ミードゥ」(リンゴのドラムヴァージョン)、そして「P.S.アイ・ラヴ・ユー」が入っている。50年超えたらこういうことになるのか。これでいいのか、EMI。

↓発売から50年が経って「音源を使える権利」がフリーに? デビューシングル「ラヴ・ミー・ドゥ」
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となると、10年後には「レット・イット・ビー」や、「ゲット・バック」なんかもこうやって名もしれないレコード会社が自由に音源を使える、ということになるだろうか。。
これは複雑な心境である。こうなってくると、世の中混乱してしまうと思われる。

最近ジャズのCDとか、50年代以前に活躍したミュージシャンの音源が安価なCDで、しかも1枚に何曲も詰めて販売されている。
マスターテープを使用しなければ、音源としては発売しても良い、ということなのだろうか。
よくわからない。
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by hirowilbury | 2013-05-11 09:35 | ビートルズ

仕事から深夜に疲れて帰宅して、その日も少しだけお酒を飲んで、寝ようと思っていたら、大きな荷物が玄関に置いてあって、そのまま持ち上げようとしたら、恐らく10キロ近く重量がある。
「なんかすんごいのが届いた」というので、よく見てみるとレコードだった。
「例のやつやな」と嫁さんから苦笑いされて、あ、っと気がついた。
↓10kはあると思います。腰を痛めている小生には辛い(笑)
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ビートルズのアナログ盤16枚組ボックスセット。
しかし、レコードって重たいのね。
改めて痛感。そのうち、小生の2階の3千枚はあるであろう、アナログ盤が我が家の床を抜けさせてしまうかもしれない(笑)

2009年にビートルズのアルバムが、初CD化された1987年以来、ようやくリマスター音源で発売された。世間は勝手なもので、リマスターCDを待ちわびていた筈なのに次は、リマスターCDのアナログ盤はいつ発売されるのだろう、と思ったことだろう、きっと。
それが3年越しで実現したのである。

ビートルズのアルバムは完璧に完成されたものは1枚たりともない、と思っている。
デビュー当時はレコーディングにかける時間もそうはなかったけれど、完成させようと思えばできたはずである。しかし、彼らはあえて8割くらいの完成度で世の中に発表する。
そして、残りの2割を聴き手、ファンが埋めるのである。
ビートルズは何食わぬ顔をして、それを知っていながら、何か忘れ物をしたような顔をしている。
その忘れ物をファンが探して、埋めていくのである。
ロックにとって、理想的な聞き方である。
名作「サージェント」、「アビイ・ロード」でさえそういうフシがある。
それができるのが、ビートルズの凄い所だと、小生は思っている。

↓2009年発売のリマスターCDBOXセット、そしてモノラルCDBOX、そして今回のアナログ盤BOX(笑)箱のデザインは基本統一ですね。
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今回のアナログ音源は、リマスターの音源をそのままレコードにカッティングしたのではなくて、再度アナログ盤用に音がコンバートされている。
いろいろ専門誌には難しいことが書いてあるけれど、簡単に言うとCDにはCDに適した音質に、アナログにはアナログに適した音に修正されているのである。
アナログ盤にCD用の音源をそのまま流用しても、アナログで聴く意味がないからね。
同時に、元のビートルズが録音した元のマスターテープに如何に近づけるか、というのがテーマになっている。当然、ビートルズが活動した時代はレコードで聴かれていた。そして、ビートルズも自分たちが作った音を、如何に聴きてに聴かせるか、という音作りをしていたのである。
ビートルズを聴くときはレコードで、という意味はそこにある。
さすがのビートルズも、当時、A面B面の裏返しが必要ないCDたるものが発売されるとは、夢にも思わなかっただろう。彼らのアルバムは、ちゃんとA面、B面で起承転結しているのである。

レコードのカッティングも、かなり繊細に神経を使って制作されている。
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↓これは2009年発売リマスターCDボックス、下がモノラル盤BOX。
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今回のアナログ盤の音は、CDに比べると非常に落ち着いていて、恐らく元のレコーディングされたマスターテープにさらに近づいている、ということなのだろう。
非常にフラットな音になっていて、聞いていても疲れない音になっている。

初期のアルバムは少しおとなしい音に聞こえるのだけれど、後期、特に「ホワイト・アルバム」以降の音は、全く素晴らしい。おそらくマスターの音質も非常に良かったのだろう。
特にリンゴのドラムの音の生々しさといったらありゃしない。

基本的に、音楽というのはその音楽が素晴らしければそれで良い。
音が悪かろうが、良かろうが、良い音楽というのがそれをハンデにしないのである。
ましてや、自分が昔から聞いてきた音が、その音楽の音でいいのであって、それが自分にとってオリジナル、自分を形成したものであって、ずっとエヴァーグリーンの音になるのである。

小生にとって、ビートルズは未だに初めて聞いたキャピトル編集の「セカンド・アルバム」の音であって、例のバリバリエコーの効いた音。シーラヴズ・ユーなんて、擬似ステレオだったもんね。
↓小生が初めてビートルズを聴いたのはこのアルバム。米国キャピトル編集盤「ビートルズ・セカンド・アルバム」。ビートルズの意思は無視して、勝手に米国で編集されたレコード。
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しかし、こうやって新装発売されるたびに買い手をワクワクさせるビートルズは、やっぱり小生にとってエヴァーグリーンなのであって、これからもどんどん発売していってほしい。
小生の葬式にはBGMで「抱きしめたい」や「オール・マイ・ラヴィング」、そして「ヤー・ブルース」、「アイ・ウィル」なんかを流していただきたい。
ちなみに次はモノラル盤のアナログ盤ボックスセットが来年発売だそうです(笑)
もうこうなったら、とことん小生はビートルズに死ぬまでお付き合いするつもりである。

中身を見ていくと、ちゃんとレコードのレーベルも発売当時の英国盤のレプリカになっている。
「プリーズ・プリーズ・ミー」はちゃんとゴールド・パーラフォンだし、以降はちゃんといわゆる「イエロー」、そして米国編集で準オリジナルアルバムにカウントされている「マジカル~」はレインボー・キャピトル、「ホワイト・アルバム」以降はちゃんとアップル・レーベル。
少しアップルの色合いがオリジナルと違う、っていう細かいことは言わないの。めっ!
「サージェント~」にはちゃんと例の内袋が付いていて、初回盤のレプリカになっている。
↓ちゃんとレーベルも再現。
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↓「SGT.」の内袋も再現。これは67年当時オリジナル盤のみに付属のものを再現。
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そして、このボックスセットの最大のオマケは豪華な写真集だろう。
↓写真集表紙。
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252ページに渡って、アルバム単位でそれに関係した写真収録されている。
昔、小学生の時に大枚叩いて全然豪華じゃない「ビートルズ豪華写真集」というのを購入したけれど
それとは雲泥の差であって(当たり前か)、レコードを聴きながらこの写真集を眺めるというのは小生にとって幸せのひとときである。ああ。

↓映画「HELP!」の「恋のアドバイス」演奏のシーン。
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↓PV「恋を抱きしめよう」のワンシーン。
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↓日本来日の際撮影。ポールの衣装に注目。ベストアルバム「オールディーズ」にも裏焼き写真が使用された。
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↓1969年8月22日。4人が集まった最後の日、と言われているフォトセッションより。
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珍しい写真がいっぱい収納されているけれど、ビートルズは2ndアルバム「ウィズ・ザ・ビートルズ」あたりから顔が変わって、僕らのビートルズのなるのね。世界のビートルズが誕生したのである。
世間ではよく知られていることなのだろうけど、改めてこういう流れで写真集を見るとよくわかる。
あと、小生は「ゲット・バックセッションでヒゲのないポール」の写真は初めて観た。
1969年初頭撮影、と英文で書いてあるから、ポールってヒゲの伸びる速度が早かったんだろうなあ、とか想像してしまう(笑)。
↓ポールのヒゲがない。
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まだ全て通しては聞いていないけれど、ジャケットからレコードを取り出してニヤニヤしている小生は、来年高校生の息子を抱える40歳のオヤジである(笑)。

あと、ポールの新作DVDも発売された。
↓DVDはブック式。写真もふんだんに収録。
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2月に発売された「Kisses On The Bottom」の収録曲をあのキャピトルスタジオでポールが歌っている。バックミュージシャンも豪華絢爛であって、ポールは楽器は一切演奏せず、歌うことに専念している。
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ずっとモノクロ映像なのだけれど、これが味がある。
やっぱりビートルズ、そして4人にはモノクロが似合うなあ。

そしてびっくりしいたのが、途中に挟み込まれる共演ミュージシャンのポールに対する賛辞である。
今まで、ミュージシャンとして絶賛されるコメントはあった。
しかし、全員が全員、ポールの人柄、人間としての素晴らしさを語っている。
こういう風にポールの人柄、素晴らしさを、実際の本人が褒めるコメントを見たのは小生、初めてである。
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ファンはポールを追っかけてきて、間違っていなかったのだ。
ざまーみなさい。
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by hirowilbury | 2012-11-22 16:08 | ビートルズ

ジョンが亡くなって以降、ビートル3人と共演した「ビートルズ以外」のミュージシャン、ということになると彼だけでである。しかも、共演ではなく、正式に言うとプロデュースまで引き受けてしまったのだから、余計世界で唯一の男、ということになる。
そのジェフ・リンと、彼が70年代から80年代に率いたE.L.O(エレクトリック・ライト・オーケストラ)の「新作」がほぼ同時に発売された。
↓E.L.O約10年ぶりの新作「The best of E.L.O/Mr. Blue Sky」と約22年ぶりのソロ・アルバム「LONG WAVE」
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言うまでもないけれど、ジェフ・リンという人はE.L.Oのリーダーであって、70年代には一世を風靡した人である。ソロ・アルバムもびっくりしたけれど、この「E.L.O」の「新作」にはもっとびっくりしてしまった。しかも、当時のメンバーは一人もいない状態である。

まず、E.L.Oなのだけれどタイトルだけ見ると普通の「ベスト・アルバム」である。
代表曲が入っていて、何も言わなければE.L.Oの過去の名曲が入ったアルバムを買いに来たファンは単なるベスト盤だと思ってしまうだろう、きっと。しかし、なんと、ほとんどの曲がリ・レコーディングされていて、しかも殆どの演奏・歌をジェフ・リン一人で担当している。リミックスでもなくて、リニューアルである。
カヴァーというか、ほとんど完コピーに近い。アレンジさえほとんど一緒である。
本人は別に、当時のE.L.Oのオリジナルを非難しているわけではなくて、ここは単純に「当時のレコーディング技術が伴っていれば、こうしたかった」というものなのだろう。
E.L.Oというバンド自体、ジェフ・リン自身のバンドだったのだから、結局彼がE.L.Oの曲を演奏しても、結局それはジェフ・リンの音になるのである。
なので、これはこれで正しい音なのである。
今まで歴史的な大物ミュージシャンをプロデュースして復活させてきた自信なのかもしれない。
「過去の名曲のエッセンスを散りばめて、そのミュージシャンをカムバックさせた男」なのだから。
元ヤクルト監督の野村監督のような人である。

新曲「POINT OF NO RETURN」も入ってるから、純粋にE.L.O名義の新作の発表も近いということなのだろうか。それとも2001年の「ZOOM」のアウトテイクなのだろうか。そのあたり、よくわからないけれど。
↓ジェフ・リン、2枚のアルバムのインナーより近影
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そして22年ぶりとなるジェフ・リン名義のソロアルバム「LONG WAVE」である。
初のソロアルバムが1990年の「アームチェアー・シアター」で、小生が高校2年の夏だった事を思うと、本当に久しぶりである。人間で言うと、当時生まれて、今では成人式も終えている、そう書いてみるとやっぱり凄い年月なのである、22年は。

聴いてみると、全10曲、約30分程度の作品で、しかも全編スタンダート・ナンバーのカヴァーである。コステロもカヴァーしていた「SHE」、「SMILE」なんかも歌っているし、エヴァリー・ブラザーズの「SO SAD」、ドン・コヴェイの「MERCY MERCY」なんかも歌っている。もちろん全て自身の演奏で。今回はオリジナルなしである。
最近はポール・マッカートニー、ロッド・スチュワートも昔のスタンダートナンバーを歌ったレコードを出したりしているけれど、立派にオリジナルを作ることができる人がこういうカヴァーアルバムを作る、というのはどういう時なのだろう。
これから活動をリスタートさせるための、リハビリということになるのかな、やっぱり。

全編、非常に彼らしい、いつもどおりの「彼の音」であって、安心して聴ける。
E.L,Oという名義がない分、非常に肩の力が抜けていて、これからもこうすればイイのに、と思ってしまう。世間がこれからも聞きたいのは、彼のソロアルバムなのではないか、と思われる。
理由は、過去の名曲のパロディ満載だから。
おそらく、彼に斬新な音は求める人はいないだろう。求めているのは、「あ、こんなところにこんなフレーズを使ってる」といかいう「パロディ」である。
E.L.Oのアルバムではできないだろうけれど、ソロでは思う存分遊べるのではないか。
今後、ソロ活動を再開するための「テスト」「試運転」的なアルバムなのだろう、きっと。
ちなみに、奥田民生のプロデュースしたpuffyは、基本ジェフ・リン、E.L.Oのパロディであることを記しておく。
↓ソロ・アルバム「LONG WAVE」収録曲。全11曲、全てカヴァー曲。
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彼とビートルズとの関係は1986年、1987年ごろに遡る。
ジョージ・ハリスンが「CLOUD NINE」のプロデュースに彼を迎えて、制作したことが発端である。元々ジョージという人は地味な人だから、ソロ・アルバムであっても「脇役的」な所があって、主役のくせに遠慮して、脇役っぽくなってしまうところがある。
そのジョージを見事に「主役の座」に仕立てたのがジェフ・リンである。
つまり、「ジョン、ポール、リンゴの役割」をジェフが担当して、「ビートルズのジョージ」を再現したのである。

基本はロックン・ロールであって、ジョージの不思議なコード進行と、ジェフのビートルズ的な部分とがマッチして、しかもちゃんと捻りが聞いていて、これぞ「ジェフ・マジック」というものだった。これでジョージは息を吹き返し、「セット・オン・ユー」が全米1位、アルバム「CLOUD NINE」も大ヒットと大復活を遂げる(全米8位)。

↓1987年ジョージ・ハリスンの大ヒットアルバム「CLOUD NINE」
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↓参加ミュージシャンは豪華。ジェフ・リン、E.クラプトン、エルトン・ジョン。ドラムはリンゴ。
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↓アルバムからの1sシングル、かつ大ヒット「セット・オン・ユー」のシングル盤。
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その後、アルバムから2枚目のシングルをカットをする際に、そのB面に収録する曲を録音しようと再びジョージにジェフが呼ばれて、曲を新たに書くことになったのだけれど、その時ジェフと一緒にスタジオにやってきたのが、ロイ・オービスンであり、トム・ペティであり、そしてボブ・ディランであった。
そこでせっかくこの5人が集まったのだから1曲作ろう、となって、近くのダンボール箱に書いてあった「取り扱い注意」というフレーズを使って出来上がった曲があの「Handle With Care」だった、というのは有名な逸話である。
しかしこれはB面に入れるには勿体無い、どうせなら1枚アルバムをつくっちゃえ、となって結成されたのが、Traveling Wilburysだった。夢のような話である。
この時から小生のハンドルネームは全て「wilbury」を使うようになった。関係ないか、これは(苦笑)。

↓伝説のTRAVELING WILBURYS、もうこのメンバーでのレコーディングは実現は不可ですね(泣)アルバムは全部で2枚。
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ジェフはその後、ウィルベリーズのメンバーのソロアルバムのプロデュースも積極的に手がけて、見事大ヒットを記録させた。特にロイ・オービスンの復活をこの時考えた人は、ほとんどいなかったと思われる。
↓80年代後半から90年代前半にかけてジェフがプロデュースした作品たち。トム・ペティ、ロイ・オービスン、デル・シャノンなど。彼が手がけたアルバムのジャケットにはギターの登場する回数が多い様な・・・
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↓自身も初のソロを発表。現在は入手不可能の1990年発表名盤「アームチェアー・シアター」。小生の高校2年の時の思い出のアルバム。再発売希望!
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↓1992年にはリンゴの大傑作「TIME TAKES TIME」も一部手がける。リンゴの「バシャ」という的確なドラムにはジェフのプロデュースはぴったりかも?
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しかし、不思議なことに、彼に関わったミュージシャンは、それを置き土産になくなっていく人が多い。ロイも直後に急死、「ロイに代わってウィルベリーズのセカンドに参加する」と噂されたデル・シャノンまでも自殺してしまう。恐らく、同じくジェフが大部分を手がけたデル・シャノンの遺作「ROCK ON」はウィルベリーズのセカンドアルバムとして制作されていたのではないか、と思われるくらいジェフの色が濃い。

↓ジョン・レノンのデモテープにビートル3人が演奏、ボーカルをオーヴァーダブした1995年の「新曲」、「フリー・アズ・ア・バード」と「リアル・ラヴ」のシングル盤。ジェフのプロデュース。
こちらも英国盤と米国盤があります(笑


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↓ビートルズ・アンソロジーの後、ジェフが共同プロデュースしたポール1996年の名作ソロ「フレイミング・パイ」。ポール色は流石にポールが死守した感じ(笑)流石にジェフもポールの前では1ファンか(苦笑)。結局、ポールの妻リンダはこの作品への参加が最後になった。
これは珍しい?米国盤。英国盤もラックにあります(笑)
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↓ジョージ唯一の来日公演を収めたライヴ。クラプトンとの共演。1991年。小生高校を休んで大阪城公園へ観に行きました(笑)
ジェフはジョージとプロデューサーを担当。
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↓<おまけ>「セット・オン・ユー」のB面(←死語?)「レイ・ヒズ・ヘッド」。CDでは現在入手困難の名曲。最初、これの代わりにウィルベリーの曲が入る予定だったと思ってましたが、あれは結局2ndシングルだったのね。
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こうやって改めて見ていくと、やっぱり彼に関わったミュージシャンには死の匂いを感じる。
ロイ、デル、そしてジョージ、そしてポールの妻であったリンダもその後亡くなった。
ビートルズの「再結成」で、亡きジョンのカセット・テープの声を蘇らせたのもジェフだった。

なんとも不思議な人である。
本人はどう思っているのだろう。

と思いながら、ソロを聴いていたら、CD内に一枚の広告が・・・。

↓1stソロがリマスターにて再発売、の告知が!?
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by hirowilbury | 2012-10-18 19:00 | ビートルズ

最近、別に行く先もなく会社帰りに一人でぶらぶらして、思い立った店に入ってお酒を飲んでいる。
こういう風にするのは元々大好きであって、ひとりなら誰に気を使うこともなく、自由である。
予約して行くのがあまり好きではなくて、ましてや下調べしてからその店に行くなんて、小生の性には合わない。

車を運転して、地図も行く先も決めずに走るのが好きである。
とにかく道はつながっているのだから、走っていればなんとかなるのである。
道に迷うスリルとか、この道がどこに行くのか、なんて考えながら走るのが好きで、最近ではナビなんていう便利なものがあって、行き先さえ入れれば勝手に誘導してくれて便利なのだけれど。
そのあたり小生の性格なのだろう。
結局適当なのね。なんとかなる、って思ってるから(笑)

昔からビートルズの「マジカル・ミステリー・ツアー」が好きである。
↓今回発売されたDVD+blueray+アナログ盤(EP)ボックス「MAGICAL MYSTERY TOUR」
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映画の出来とか、それはまた別の話であって、もちろんビートルズなのだから、好きに決まってる。恐らく好きな理由は「バスに乗って行くあても決めずに、行く先で起こる出来事をフィルムに収める」というそもそものコンセプトが好きなのだろう、きっと。

英国では日曜日になると、知らぬ者同士が小型のバスに、ビールをいっぱい詰め込んで、行くあてもない旅に出て、ビールを飲みながら、いや飲んだくれながら酔っ払って、アコーディオン奏者の歌をみんなで大声で昔から伝わる民謡なんかを歌いながらツアーをする、というものが伝統らしい。素晴らしい。恐らくビートルズがデビュー前に行っていた小さいバンに楽器を詰め込んでドサ回りをしていた頃もルーツとしてあるのだろう。
こういうツアーが日本でもあるのならぜひ参加してみたい。

ビートルズ、主にポールが脚本、監督、編集、制作を行った「マジカル・ミステリー・ツアー」がようやくリマスターされてDVD化された。
↓ボックスの箱の中身
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元々発起人はポールであって、あの「サージェントペパーズ」の発売前に、飛行機の機上の中でアイデアが浮かんで、メモしたものが元になっている。
デビュー以来のマネージャーであり、ビートルズをデビューさせたブライアン・エプスタインが32歳の若さで亡くなって、ビートルズは船長をなくして方向性を見失いかけていた時期である。
そこで、すべて自分たちでやろう、というポールが他の3人を鼓舞する様に企画した第一弾がこの自主制作映画である。

↓今回の発売にあたってアップルが宣伝用に作成したフィルム
http://www.youtube.com/watch?v=tLWzOBTjjL0

さっきも書いたけれど、脚本はほとんどない状態で撮影が始まった。
ただバスを借りて、俳優たちを自分たちで選んで、旅に出て行く先での出来事をフィルムで収めたというだけである。何かが起きていたら、映画の内容も変わっていただろう、きっと。
しかし、何も起こらなかった。結局これで良かったのである。

当時約50分ほどの映画として編集されて、英国では1967年12月のクリスマスにTV放映された。
当然あのビートルズが企画した映画であって、ファンは固唾をのんで放映を見た。
しかし、この映画の良さはカラーで観て初めて良さが伝わる内容であって、誰からも評価は散々で、ビートルズ初の失敗作と酷評された。
ポールは当時「将来必ず映像と音楽が普通にリンクする時代がやってくる」と発言していた。
結果は見ての通りであって、80年代前半には、音楽のPVが制作されることが当たり前になった。
ビートルズは10年近く先を行っていたのである。ザマーミロ。
↓映画の中で「アイ・アム・ザ・ウォルラス」の演奏シーン。素晴らしい。
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しかし、カラー放映を前提に撮影されたこの映画も、当時英国ではまだモノクロテレビが普通だったので全く良さが伝わらなかったのも酷評された要因だったのだろう、きっと。
日本でもテレビで1968年に放映されたけれど。英国から届いたフィルムの4巻の箱を順番を間違って放映したけれど、誰も間違いに気づかなかったらしい。
それくらい、難解なものだったのだろう、当時は。
今観てみると、元祖MTVである。普通である。やっぱりビートルズはすごかったのである。
ザマーミロ。

小生は、中学3年の時に購入したレーザー・ディスクを所有していてそれを大切に大切に見ていた。
↓1988年発売レーザーディスク。今見ると映像は荒いけれど、しかし、当時はこれはこれで美しく感動した。
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当時も映像が非常に綺麗になっていて感動したのだけれど。しかし、さらにこのDVD化は非常に美しい。
映像が丁寧にレストアされていて、非常に美しいものになっている。フィルムに入っていた僅かなキズも修正されていて、色合いもビートルズみたいに真っ青である。美しい。

以前のレーザーディスクと日本語の字幕の違いもあって、その違いを見つけて楽しんでいる小生は、来年ジョンレノンと同じ40歳になる(笑)

中身は映画のDVD,ブルーレイ、当時英国で発売された2枚組EP盤の復刻(しかも45回転でモノラル盤)のセットである。
正直、DVDとブルーレイをひとつのボックスに収めて、意味があるのか、という議論もあるだろう。ブルーレイというのは、DVDよりも画質が良いのだからこれを抱合せで、ボックスに収めるというのは、正直邪道である。レコード会社の商品単価アップのための作戦である。
買った人のレヴューをインターネットで読んでも、なんだこんな高いもの買わせやがって、と怒りのレヴューも見受けられる。
昔は価格が高くても誰も文句を言わなかった。
その価格が貯まるまで、いろんなものを犠牲にして、欲しければ購入したのである。
お金が貯まるまで色んなものを我慢して。
小生はビートルズを購入するのなら我慢する。
このあたり、時代の流れなのだろう。消費者が強くなった、というのはこのあたりにもよく表れている。

そして何を言ってもサントラ盤の素晴らしさである。
↓我が家には「マジカル~」のLPが3枚(笑)。左から、米国盤、英国盤、日本盤。
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映画の新曲は6曲であって、6曲だけではアルバム1枚は作れない。
英国ではこれをシングル2枚組で発売するという、当時では新しい手法で発売された。
このあたり、ビートルズは流石である。

↓2枚組のEPサントラ。日本でも当時はこの形態で発売。これは当時のもの。
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↓中のブックレットには日本語で「無いはずの」ストーリーが書かれています。
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しかし、米国ではこういう発売形態は前例がなくて、1枚のアルバムを独自に編集して発売している。それが今普通に入手できるCDであって、映画の曲をレコードのA面に6曲、そして当時シングルで発売された曲をB面に曲を収めてアルバムとして発売した。
それが今出回っているCD「マジカル・ミステリー・ツアー」である。
↓我が家には「マジカル~」のCDが3枚(笑)。1987年初CD化の時のもの、現在のリマスターCD、モノボックスのモノラル盤。
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楽曲は、言うまでもないけれど素晴らしい。
「フール・オンザ・ヒル」、「マザー・シュッド・ノウ」を書いたポールは神懸かり的である。
ジョンも「アイ・アム・ザ・ウォルラス」である。もう、いう事はないだろう。
その音源も今回の映画の音声では5.1chでスピーカーから鳴る。涙が出そうなくらい美しい。

↓映画のエンディング「ユア・マザー・シュッド・ノウ」。ジョンがおちゃめ。ポールの胸のバラが一人だけ黒色、というのが後に「ポール死亡説」の根拠に・・・。
http://www.youtube.com/watch?v=ukHnsrHRQdI&feature=related
映画については、何も言うことはないだろう。
好き嫌いが分かれる作品だとは思うけれど、小生は圧倒的に支持する。
内容を語りだすとキリがないので、小生のブログではここまででとどめておく。

今回、久々に作品を観て、今まで小生が入手してきたマジカル関連のものを集めてみた。
これからも発売されるたびに購入すると思われる。
こういう風に何が起こるかわからないビートルズはやっぱりマジカルミステリーツアーなのである。

↓「マジカル~」関連のシングル盤。
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↓アメリカのジュークボックス用に作られたシングル盤。色は黄色。B面は「フール・オン・ザ・ヒル」という異色のカップリング。
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by hirowilbury | 2012-10-12 23:17 | ビートルズ

北海道旭川での出来事

会社の研修で北海道の旭川へ行った。
恥ずかしい話だけれど、小生、東京より北の日本へ行ったのは生まれて初めてであって、それだけで異国の地に行くような気分で、なんとなく海外旅行のような気分で、前の夜もなかなか寝付けなかった。

朝、伊丹空港で飛行機に乗る前に北海道にちなんだ本を何か買おうと思って、本屋に立ち寄ってフラフラしたけれど、ふさわしい本がなくて有川浩の「図書館革命」を買う。
また来年の春に映画化されるそうである。間違ってもあの「阪急電車」みたいに、ロールケーキのクリームを抜いたような映画化は避けていただきたい。変に美味しいところをカットせず、原作をありのまま映画化していただきたい。
↓来年GWに映画化だそう。
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新千歳空港に向かう2時間弱、機内の音楽サービスを聞きながら、それをほぼ一気に読み干す。

9月であるけれど、北海道である。昼間はまだまだ暑いだろう。
しかし、朝夕は寒いはずである。
気を抜いて行くと、風邪をひいてこごえ死んでしまうかもしれない。
もうインフルエンザが流行りだしていて、そのウィルスに感染して、こちらに帰ってきたら同僚にうつしてしまったらどうしよう、アワアワ、などと大げさな事を考えていて、寝巻きも少し厚手のものを持参したけれど、とんでもない、到着するとやっぱりまだまだ残暑みたいで暑かった。大阪と変わらない。
夜も暑かった。クーラーつけて寝たもんね。

話を聞くと、やはりこの暑さは北海道では異常だったようである。
皆さん、暑い暑いと言っておられた。

北海道に行ったら必ず実行したい事があった。
小生の昔からの夢の一つに「駅弁めぐり」というのがある。

↓新千歳空港で真っ先に向かったのが駅弁の売店(笑)
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とにかくそのご当地弁当を駅、もしくは車内販売で買って食べる。
そういうのが相応しい一つが北海道という地だと、自分で思っていたので、とにかく千歳から旭川に向かう電車に乗ると弁当を買った。
北海道といえば海鮮、ということになるだろう。なので、豪華「さけとかに」の弁当を買う。美味しい。なにこれ。地元に帰ったら、もう地元のさけ、かにが食べれないじゃないか、というくらい美味しかった。
↓さけとかにが敷き詰められた駅弁。
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初日の研修をみっちり受けて、一日研修を共にした地元の企業の方々と懇親会になった。
旭川の方々は自分の街がいかに素晴らしくて、大好きであって、という事をいろいろ教えてくれた。そして、その熱意が非常に伝わってきた。

懇親会は鍋。
とにかく、何もかもが美味しい。個人的に食べ物は「寒い地が旨い」と個人的に決めているので、期待を裏切られなくて嬉しい。
↓日本酒は旭川の「男山」でした
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そのあと、2次会は地元企業の方がわざわざ小生のビートルズ好きを知って気を使って下さり、ビートルズのライヴハウスへ。
↓うむ、店名をみただけでワクワク。
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するとどういういきさつか、小生がベースを弾くことになって、初めて対面した4人どうしのライヴが始まった。
↓店長さんの愛が伝わってくる店内でした。同僚が撮影してくれた写真。ぶれてる(笑)ストラップを肩からかけてステージに向かう後ろ姿は小生です。
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とにかく「簡単ですぐできる曲を」ということになって、初期の曲を4曲。
「アイ・ソウ・ハー・スタンディング・ゼア」、「オール・マイ・ラヴィング」、「抱きしめたい」、「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」、以上4曲でベースを弾いた。
久々に人前で演奏したけれど、非常に楽しかった。すごいね、ビートルズは。
旭川に行った際は、皆さん立ち寄ってください。
非常に気さくで音楽を愛するマスター、そして笑顔の店員さん。
小生は必ず次回、ここに顔を出す、と心に決めました。
↓ここです。みなさんもぜひ!
http://rubberso.web.fc2.com/

翌日は旭山動物園へ。この日も暑かった。2時間、場内を研修を兼ねて見学に。
普通のオーソドックスな動物園である。しかし、何気ない動物の「見せ方」が絶妙。
かゆいところに手が届く動物園。動物の生き方まで伝わってくる、「深い動物園」だと思った。どの動物も特別扱いはされていない。命は生き物はすべて平等なのである。
小生がずっと観察していたのは、このおさるさん。
↓何回も目があったけれど、基本この目線・・。
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一連の研修を受けて、帰路の電車へ。また新千歳空港へ向かう。
帰路の車窓からずっと外の風景を眺める。
風景すべてが懐かしい。草木が呼吸している。地平線が見える。
もちろん新しい新築の住宅も建っている。しかし、なぜか非常に懐かしい町並み。
次に生まれてきたら、ここに住んでみようかな、と思ったくらいである。

そして、小生が決めているもう一つは、「旅先では必ずCDを買う」こと。
あまり時間がなかったので、取り急ぎでCD屋へ。そこで見つけたのがこれ。
A&Mレーベルに残されたレノン、マッカートニー、そして、ジョージ・ハリスンの作品をレーベル所属のアーティストがカヴァーしたものを網羅したもの。
↓今回の「旅先のCD」。北海道以外でももちろん買えます(笑)
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ジャケットを見たときは、「なんじゃこりゃ」と思ったけれど、よく考えたら小生もレコード屋さんでレコードを見てるときはこんな表情になってるな、きっと、と思うと一人で吹き出しそうになった。
なかなかこれだけの内容の作品を単品で集めるのは困難。迷わずレジへ。
↓内容は以下のとおり。なかなかメジャーなセルシオ・メンデスからレアな曲まで全26曲。
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帰宅して聞いてみると、A&Mレーベルの色が見事に炙りだされていて、非常に新鮮。
日本の昭和40年代の歌謡曲って、A&Mの影響が強いのでは?と思われるアレンジ。

↓また会社帰りに行こう、と決意をさせてくれるジャケ(笑)
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最初は?と思ったジャケも良い。こういう風にレコード屋さんでレコードを吟味している写真を見ると、また行きたくなっちゃいます。ウフフ。
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by hirowilbury | 2012-09-15 21:23 | ビートルズ

ビートルズ4作目の映画「イエロー・サブマリン」がDVDとブルーレイで新装発売になった。
1999年に5.1ch化した映画のDVDと、リミックスしたCDがでたけれど、その画質をはるかに上回っている。これが1968年の作品であることが信じられない美しさである。
↓輸入盤と日本盤、発注ミスで2枚届きました。。トホホ(泣)
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↓オマケのセル画。透明です。
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↓同じくオマケのシール。勿体無くて使えません(笑)
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アニメーション映画であって、4作目といっても直接ビートルズは制作には関わっていない。
なので、最初映画のために新曲を、と頼まれても4人は乗り気ではなくて、「サージェント」でのアウトテイクや、没になっていた曲をあっさり提供して、いわばやっつけ仕事だった。
しかし、映画が完成してみると、その完成度の高さに4人は驚いて、映画の最後に少しだけ自らが出演する事を決めた、という逸話がある。

↓ビートルズが登場する最後の場面。「ALL TOGETHER NOW」の字幕「さあ皆さんご一緒に!」という文字を見ると、何故かウルッと来ます(笑)
http://www.youtube.com/watch?v=_sAKRpjmZj0

ビートルズは5作の映画を残しているけれど、恐らく一番完成度が高い作品がこの「イエロー・サブマリン」ではないかと思われる。
アートの世界、そして当時のサイケデリックな世界もしっかり描かれているし、何しろ「第三者」が描く「ビートルズ」がしっかり描かれている。そのあたり、ビートルズの4人自身も完成度の高さに、びっくりしたのではないだろうか?
ビートルズと言うグループは、自らの才能を良く分っていないところがあって(特にポール)、人に言われるまで自分達の才能に気づかない、というところがある。
そのあたり、彼らの現役時代、こういう風に第三者が彼らのイメージを描くと、もっと状況は変わっていたかもしれない、と思うのは小生だけかな。

小生がこの映画を初めて見たのは、ビートルズ・ファンクラブ(当時は「ビートルズ・シネ・クラブ」だったかな?)でのフィルムコンサートであった。しかし、フィルムに傷がかなり入っていて、しかも(当然ながら)モノラルであった。
その後に見たのは、今では信じられないけれど1988年ごろにサンテレビでなんと「イエロー・サブマリン」の日本語吹き替え版が放映された。それもフィルムにかなり傷が入っていて、しかも当時の小さいモノラルテレビで観た程度であった。
なので、今回のリストアされたフィルム、左から、右から音が飛んでくる5.1chサラウンドの音は凄まじい。映像も音声もだけれど、所々挿入されているビートルズの曲が5.1chで聞こえてくる様は、幸福である。
オリジナルアルバムも、限定発売でいいから、リミックスすればいいのにね。

ストーリーは、「昔むかし、この世に楽園がありました。そこはペパーランドという名で、音楽に満ち溢れた素晴らしいところでした。しかし、空飛ぶグローブと、軍隊を率いたブルー・ミニーズが音楽を追放し楽園を破壊すべく宣戦布告をしたのです。ビートルズのジョン、ポール、ジョージ、そしてリンゴがペパー・ランドをブルー・ミニーズから守り、平和を取り戻すために立ち上がりました」というものである。


ビートルズは他にも現役時代に4本の映画を残している。
1本目が言うまでもなく「A HARD DAYS NIGHT」(ビートルズがやってくる。ヤア!ヤア!ヤア!)である。監督はリチャード・レスター。1964年の作品。
英国独特のユーモアセンスのある人で、ある意味「くだらない」ギャグの塊である。
しかし、彼のセンス、好きです。
邦題の「ヤア!ヤア!ヤア!」というタイトルは、あの水野晴雄が付けたらしい。
恐らく「シー・ラヴズ・ユー」のイメージがあったのだろう。イカしてるタイトルだと思う。
内容は、普段どおりのビートルズを描いた、素晴らしい映画だった。とにかくビートルズが走っている。自由である。モノクロであるけれど、まさにこれがビートルズ、という傑作である。
世界中の少年に与えた影響度で言うと、彼らの映画の中でもNo.1だろう、きっと。
小生もその1人である。

↓昔購入したレーザーディスク(LD)とDVD。
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2作目が「HELP!」。同じくリチャードレスター監督。
前作がモノクロだったにに対して、今回はカラー。総天然色なのである。1965年作品。
内容は、前作と違ってちゃんとストーリー、脚本もきっちり書かれていて、映画としての世間的なウケとしてはこちらに軍配が上がるかもしれない。
これもドタバタコメディーであって、かといって、ちゃんと4人のキャラは普段どおり描かれているし、このあたりビートルズが選ぶスタッフには間違いがない。

↓「HELP!」のLDは2枚持ってました(下はDVD)。ジャケの写真は裏焼き?字幕の違いも風情があります。
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3作目は、これまでと異なってテレビ用に制作された1時間映画「マジカル・ミステリー・ツアー」である。マネジャーのブライアンが急死してしまって、ポールが主導権を握って制作した今で言う、プロモビデオ(今は言わない?笑)の走りである。1967年作品。
確かに、ストーリーは殆どなくて、ただバスに乗って「マジカル・ミステリー・ツアー」に出かけ、そこで起こった事をフィルムに収めた、というもの。
当時は「ビートルズ初の失敗作」として酷評された。
当時は、英国も白黒TVが主流で、この映画はカラーで観て初めて素晴らしさが分るものである。
後になって、再評価された。先を行き過ぎたのである。さすがはビートルズ、さすがはポールである。「アイ・アム・ウォルラス」の演奏場面は、今見ても美しい。

↓「マジカル・ミステリー・ツアー」は未DVD化。未だに1988年購入のLDを観てます(笑)。
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4作目が「イエロー・サブマリン」で、5作目があの「レット・イット・ビー」である。1970年作。
これはアルバム制作の模様を映像で記録しようと制作されたものだけれど、結局解散へのフセンに
なってしまった悲しい映画である。唯一正式に発売されていないのも、当時の嫌な思い出があるのだろう。ファンとしては早く、トップ・ルーフ・コンサートを綺麗な映像で観たいのだけれどね。

↓まだ正式に商品化されていない映画「レット・イット・ビー」。これはブート。昔民放で放映されたSONY提供番組のVDが他にあります(笑)
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今回あわせて、1999年にリミックスされたサウンドトラック盤も再発された。
当然、リマスターされているのだろうと思って購入したけれど、残念ながらノン・リマスターだった。リミックスで十分音が良くなっているのだから、いいのだけれど、ちょっと残念。
↓今回再発されたリミックス盤CD。パッケージがエコジャケに変更。音はノン・リマスター。
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↓1999年発売の限定アナログ。盤が黄色(笑)他に通常の黒盤もございます(笑)
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オリジナルの「イエロー・サブマリン」はA面6曲がビートルズ、B面がジョージ・マーティン・オーケストラによるサウンドトラック集だった。
↓これがオリジナルの「イエロー・サブマリン」。B面はG.マーティンオーケストラのBGM。
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リミックス盤は、映画の中に使用されたビートルズの曲のみをリミックスしたものが15曲収録されている。
小生としては、オリジナルのマーティンオーケストラのサウンドトラックも好きなので、どちらが好きとは決められない。

最近はビートルズの音源や、映画、思ってもない映像が綺麗な映像で観れるようになって幸せである。こうなったら、とことん出して欲しい。こっちも、ずっと付き合う覚悟である。

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↓オマケにこれを。金沢明子シングス「イエロー・サブマリン音頭」。制作は大瀧詠一です。
シングル盤は小学6年のときに買いました。

http://www.youtube.com/watch?v=cUKGC_5OoWU
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by hirowilbury | 2012-06-07 19:50 | ビートルズ

今では信じられないかもしれないけれど、ビートルズが解散してソロになって、一番苦労したのはポールである。世間の評価、そして期待とは裏腹に、ポールはソロになって自分の音を確立するのに苦労した。

ジョンは「ジョンの魂」、ジョージは3枚組の大作「オール・シングス・マスト・パス」、そしてリンゴまでもが「センチメンタル・ジャーニー」でちゃんと世間の期待通りの内容でアルバムを作って、高い評価を受けた。

他の3人は自分たちの「やりたい音」や「自分の言いたいこと」を形にすれば、ビートルズとは違った「自分の音」を作り上げることが出来た。しかし、ポールが自分のやりたい音をやろうとすると、結局ビートルズになってしまう。暴言を覚悟で言うと、「ビートルズの音」というのはポール・マッカートニーの音だったのだ。
しかし、前にも書いたけれど、ポールと言う人は意地っ張りな人であって、そこは素直にビートルズの音をなぞるような事をするような人ではない。
だから、小生はポールが好きなのね、こういう意地っ張りなところが。

世界的にバカ売れしたのに、批評家を中心に「幼稚だ」と避難された1stソロ・アルバム「マッカートニー」に続いて発表されたのが、この1971年発表「RAM」である。
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今回ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクションの第4弾として発売された。
今回はCD4枚+DVD1枚という大盤振る舞いで、しかも見たこともないような写真がいっぱい載っている豪華なブックレットや、ポール自身がスケッチしたアルバムジャケットのコンテ(手書き)原版のレプリカ、プレス用の5枚セット生写真、リンダが羊を記録した冊子など、とにかくオマケがいっぱいであって、ミーハーなポールファンの小生としては嬉しくなってしまって、何回も何回も見直している。
寝る前に布団に潜り込んで、そしてそれをニヤニヤしながら1枚1枚じっくりと見るのである。
そんな小生は今年39歳になる。
↓豪華なボックスセット!CD4枚+DVD1枚
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↓あけるとオマケいっぱい!
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↓生写真5枚!(撮影→1枚除いてリンダ・マッカートニー)
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↓ポールが書いたアルバムのアイデアメモレプリカ
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↓リンダ撮影、羊と戯れる(笑)ポール、ジャケットの別ショット(ブックレットより)
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勿論アナログも同時に再発売された。
しかし、今回発表されたこのアルバムの「モノバージョン」のミックスは美しい。
オリジナルを超越している。これは、当時まだ主流だったAMラジオ放送局用に作られたミックスだそうだ。どう聞いてもミックス違い、と思われるものもある。
このあたり、今後じっくり聞き比べてみたい。
しかし、なんでこのアルバムはジャケットが真っ白なのだろう。
当時もそうだったのかな?
↓左上に「RAM-MONO」と記されているだけ
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「マッカートニー」がスコットランドにある自宅に1人引き篭もって、全ての楽器演奏、歌、プロデュース、録音と全てポール自身がやってのけたのと違って(一部コーラスでリンダ・マッカートニー)、「RAM」はやり手のスタジオ・ミュージシャンを起用して、気分転換の意味もあったのだろう、ニューヨークに飛んで制作された。リンダ・マッカートニーの故郷はニューヨークなので、結婚直後の里帰りっていう意味もあったのかな?
↓オマケのブックレットより
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そして、名義は「ポール&リンダ・マッカートニー」である。
ジョン&ヨーコを意識したところもあったのだろう。
しかし、当時ポールが音楽に関して素人だったリンダをパートナーになぜ加えたのか、というところなどは涙が出てくる。
1からキーボードを教えて、歌の練習をさせて。
「二人ぼっちの二人」っていう感じ。少し孤立してたもんね、当時のポールは。
↓ブックレットより
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しかし、そのリンダのコーラスがその後のポールのアルバム、ウィングスの楽曲の隠し味になって、再び世界の頂点に昇りあがっていくのだから、ポールはやはり正しかったのだろう、きっと。
いや、ポールは正しかったのである。

「マッカートニーはスタジオのテストみたいなものだった」とポールが語っていたように、このアルバムでのポールは、恐らくかなり練りに練って、しかもかなりの力を込めてアルバムを作っているように思われる。だいたいポールという人は、力を込めてしまうと色々いじり過ぎて、力みが入ってしまって、オーヴァー・プロデュース気味になってしまう事が多いのだけれど、このアルバムはポールの意地がそうさせたのだろう、多少の力みはあるけれど、これぞポールというアレンジ、楽曲展開、演奏、歌、全てに躍動感がにじみ出ている。
これはポールの意地である。
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しかし、当時は「マッカートニー」と同じように世界的に大ヒットしたにも関わらず、世間の評価は手厳しかった。おそらく、当時世間はハードロック色が強く、こういうポップアルバムは評価されにくい時期だったのだと思われる。ビーチ・ボーイズだって「サンフラワー」や「サーフズ・アップ」という超傑作を作っていたけれど、殆ど評価されなかった。
ビートルズ解散直後、という事もあって「ポール大好き」というと、笑われてしまう風潮もあったと思われる。結局世間が素直にポールを受け入れる世の中ではなかったのである。


80年代、小生が学生だったころもそうである。
「ポール・マッカートニー、ビートルズがすきです」というと、馬鹿にされた。
回りにいた友人達は、誰も評価していなかった。小生が「これはポールの傑作で・・」と笛や太鼓を持って、南海ホークスや近鉄バファローズの応援団みたいに褒めちぎっても、誰も同意してくれなかったじゃないか。
ポールの新作となると、更に友人たちは見向きもしなかった。
「まだやってたの?ポール・マッカートニーって。誰か死んだやん?あれは誰やったっけ?」
と逆に質問される有様だったのである。
そんな時でも、辛い想いをしてポールファンを自称してきた小生としては、今頃になって再評価されてきても困るのである。
ビートルズだって80年代は殆ど馬鹿にされてたもんね。
だから、当時ビートルズで盛り上がった友達、というのは今でも大切な友達であって、ちゃんと付き合いも続いているのである。
あいつら、なんで当時分ってくれなかったのだろう(笑)。
このアルバムの良さが当時もっと評価されていたら、80年代のポールがスランプだの、終わっただの言われることは無かったのである。
我々ポールファンは非常に悔しい思いをしてきたのであって、当時ポールを馬鹿にした音楽評論家を小生は今でも忘れない。その評論家、そして友人に直接会って、直接「その時は馬鹿にしてくれてありがとう」と低姿勢で、丁寧に伝えてみたい(笑)。
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という訳で、自分の気持ちとしては「ざまーみろ。だから言っただろ?自分は正しかったんだ」と大声で言いたい。ミーハーなポールファンとしては当たり前のことである。
そんな小生は今年39歳になる。

正直、まだまだポールのプロデュース能力も荒削りで、編集能力が足りない部分もある。
もっと上手く出来ただろうに、という箇所だってない事はない。
アルバム全体の音だって、「バンド・オン・ザ・ラン」や「バック・トゥ・ジ・エッグ」なんかの傑作に比べると、非常に不安定な音作りだと思われる。
しかし、これがポール・マッカートニーなのだ、と大声で言いたい。
天然なのである。手作りの人なのである。
自分の才能を認めない。人に言われても自分の才能に気づかない。
あんたは長嶋茂雄か。

↓今回が復刻4弾。あ、「バンド・オン・ザ・ラン」のCDボックス写すの忘れた(笑)
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恐らくポールの新作は勿論、今後もアーカイブシリーズの発売は続くであろう。
こうなったら貴方に死ぬまでついて行きます。

↓「Ram」より、頭3曲が聴けます。気に入ったら、リマスター盤買って聴いてみてね。
http://www.youtube.com/watch?v=pSQxVJ6Khms&feature=related

※なおこのアルバムは小生のブログの記念すべき1回目の記事でした。<これです。>
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by hirowilbury | 2012-05-27 19:00 | ビートルズ