昔出していた自主出版紙に、当時このアルバムが発売された1993年にレビューを書いたことがあるのだけれど、ちょうど89年の『フラワーズ・イン・ザ・ダート』で80年代の不振を一掃してくれて、しかもウィングス以来、ソロとしては初めてのワールド・ツアーに出て、小生なんぞは、高校生の身でありながら、学校を休んでツアーを2日みた。
オープニングでフィルムが流れて、「NOW」の文字とともにステージに現れたポールを見て、涙が止まらなかった。
ステージに向って「ポールだ、ポールだ、ポールだ!」と叫んでしまった。ポール・マッカートニーのコンサートにポール・マッカートニーが登場して当然なのだけれど。

ツアーが終わって、「ツアーを通して、ファンが望んでいる曲が分かった。次のアルバムはそれを想定して制作している」というニュースが伝わってきて、来る日も来る日も待ち焦がれて、ようやく発売されたニューアルバム。1993年2月でした。

↓アナログ盤は、ジャケットの縁が白枠になってます。CDより、音がいいです。
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1stシングルにもなった「ホープ・オブ・ディリバレンス」はポールらしい前向きな歌だし、「ザ・ラヴァーズ・ザット・ネヴァー・ワー」はリズミカルでメロディックでキャッチーな、僕らの大好きなポール・マッカートニーであって、美しい「ゴールデン・アース・ガール」や「アイ・オウ・イット・オール・トゥ・ユー」も僕らが知っている美しいポール・マッカートニーだった。
こんな、充実感を味わったのは、前作「フラワーズ~」、もっと遡れば「タッグ・オブ・ウォー」以来、となる。

このアルバムで、ポールは明記すらしなかったけれど、自分のツアーバンドメンバーだけでレコーディングしている。そういう意味では前途のアルバムは多彩なゲストを迎えて作成されていて、このアルバムは現役感覚にあふれている。充実度は比較できないけれど。

当時びっくりしたのが、録音された曲の多さである。
シングルが切られる度に、カップリングされているのは、アルバム未収録曲ばかりなのだ。
「キックト・アラウンド・ノーモア」なんぞ、カップリング曲にしておくのが勿体無い、アルバムに収録しなかったのがもったいないくらいの名曲だし。

アルバムには12曲のみだけれど、シングルカットが4枚されていて、当時流行ったマキシシングルのカップリング(3曲)は全てアルバム未収録曲だった。
それくらいこの時期はポール自身が充実していた、と言うことなのだろう、きっと。
(蛇足だけれど、日本盤のマキシシングル「オフ・ザ・グラウンド」はリミックス・ヴァージョンになっていて、未収録曲目当てに購入した、小生は最初聞いたとき、びっくりしてしまった)

中々日本にはマキシが入ってこなかったので、シングルカットが発売されると、CD屋を探し回ったのを懐かしく思い出す。その後、未収録曲を全て収めた「コンプリート・オフ・ザ・グラウンド」ってのが出て、自分で笑ってしまったけれどしかし、それはそれでいいのだ。

↓苦労して集めたマキシシングル。当時はまだ純粋な英国盤で「EMI SWINDON」
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↓苦労して集めたのに・・。未収録曲も全て収録された「コンプリート・オフ・ザ・グラウンド」
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90年代、ポールが発表したアルバムは、91年「オフィシャル・ブートレッグ(アンプラグド)」、「CHOBA・B・CCCP」(カヴァーアルバムで1987年に旧ロシアで発表されたもの)、93年の「オフ・ザ・グラウンド」、「ポール・イズ・ライヴ」、96年の「フレイミング・パイ」、99年の「ラン・デヴィル・ラン」(リンダに捧げたカバーアルバム)、と言うことになるのだけれど、その中でも、このアルバムの充実度はずば抜けていて、今でもちょくちょく聴いている。
なにせ、ポール自身が充実していて、写真をみてもかっこいい。
バンドとベーシック部分はライヴで録音したのも良かったのだろう、きっと。
リンダの声がたくさん聞こえるのも、良い(事実上現役としてリンダが参加したアルバムは最後だろう)。

当時狂喜して聞きまくったアルバムである。世間的にはあまり評価は高くないのかも知れないけれど、ポールを好きな人なら、小生の言いたいことが分かってくれると信じている。

CDも買ったけれど、この頃のアナログ盤はまだ純粋に「英国製」で音がいいのね。
今でもよく聴くのはアナログ盤です。
「ピース・イン・ザ・ネイヴァーフッド」がB面の1曲目ってのが違和感あるけど(笑)
↓sideAは青が基調、sideBは黄土色が基調。
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↓美しい。。僕らが知っているリズミカルでキャッチーなポールの名曲
http://www.youtube.com/watch?v=NwPkQJu6nuQ&feature=related
↓90年版「アイ・ソー・ハー・スタンディングゼア」かな?ポールのベースが、か、かっくいい!
http://www.youtube.com/watch?v=AKKNETjJqTA&feature=related
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by hirowilbury | 2011-05-28 17:14 | ビートルズ

Mcartney Ⅱ

あれは小学1年の春だったか。

すでにビートルズの「抱きしめたい」を聴いて、幼いながらも衝撃を受けていた小生が、
初めて4人の中のソロ・アルバムを「リアル・タイムの新作」として聴いたアルバムが、
この「マッカートニー2」だった。
当時ウィングスは新生ウィングスとなり、新作「バック・トゥ・ジ・エッグ」を引っさげ、
80年1月に日本公演を行なう予定だったのだけれど、ポールの大麻所持により、成田空港
の足を踏んだにも関わらず、中止。
親戚の7つ上の兄が、武道館コンサートのチケットを入手できたと、非常に楽しみにしてい
たのに、行けなくて泣いていたのを思い出す。
その後、ポールは日本の留置所に放り込まれ、演奏はせずに強制帰国となった。

その後ポールは、前年に自宅で録りためていた作品を纏め上げる。
当初2枚組の予定もあったそうだけれど、1枚にまとめられて発売。
70年のビートルズ解散から10年。初のソロアルバムのタイトルも「McCARTNEY」だった
けれど、お祝いの意味もかねて?「McCARTNEY2」として発売。

タイトルも続編であるなら、内容も前タイトル同様、議論を呼んだ。
しかし、ビートルズ時代と違って、まだウィングスは「存続」しており、ま、ポールのお遊び
だろうね、くらいの感覚で、おおむね歓迎で迎えられた記憶が。。
YMOみたいなテクノポップあり、インストあり、と思えば美しいバラードあり。
アルバムもヒットした。シングル「カミング・アップ」も大ヒットした。
個人的にも上位にランクするような作品ではないけれど、たまに取り出して来て聴いたりする。

しかし、このあと、ポールの人生を変え、ウィングスの存続すらなくしてしまうような
大事件が起こる。
1980年12月8日。
この日を鏡に、全てのポールの活動は一旦ストップする。

いわば、本人が望んでいたはずもないけれど、このマッカートニー2で、ポールのソロ活動
(ウィングスも含めて)は一つの区切りと言うことになる。
この後の80年代は、ポールにとって苦難の連続、となる。
ファンも同じく苦い思いをいっぱい経験した。

そんな、ポールの第一次全盛時代を締めたアルバム、「McCARTNEY2」が4枚組のデラックス
バージョンで再発売される。
3枚がCDで、1枚がDVD。

このアルバムへの世間の評判は、正直高くない。
しかし、ポールと言う人は、思いつくと実行しないと気がすまない人なので、仕方ないのだ。
当時はテクノが流行っていたからやってみた、という程度だろう。
とにかく思い立ったら止まらない。
レコードが収められている袋の自宅でのレコーディング中、作業に没頭するポールのシャツを
遊んでくれ!相手してくれ!と引っ張っている愛息(ジェイムス君?)の姿がそれを象徴して
いる(笑)

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しかし、それがポールなのだと言いたい。
今まで散々、ポールを聞いているというとバカにされてきた。
とくに80年代のビートルズ、特にポールファンに対する仕打ちは酷かった。
今でも覚えているからな、中学、高校時代にポールを馬鹿にした奴らは。
しかも、肝心のポールも意地になって変に力が入りすぎたアルバムや作品が増えてしまって、
ポールファンとしては言い返す術もなかったのである。
おそらく、ジョン亡き後、自分がやらなきゃ、という気持ちが、力みに繋がってしまったの
だろう。世間はポールに対して、王様に対して物申す事もない。
言うと「裸の王様」になりつつあった。

だから89年にコステロの助けを得ての「FLOWERS IN THE DIRT」で復活したポールを聴いたときは、涙が止まらない
くらい嬉しかった。笛や太鼓を持って、外を走り回りたくなるくらい嬉しかった。

と、つい話がそれてしまってけれど、「McCARTNEY2」を聴いて、自分が録り貯めてきた宅録の作品も「〇〇〇2」としてまとめてみようかな、と思ってしまった。
ちょうど20年前に宅録でアルバムを作ったことがあるので。。

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シングルになった「COMING UP」のPVは傑作です。
こういうポールのベタなセンスも好きです。
念のため、バックは全てポールが扮してます。
コーラスの2人は二人ともリンダ。
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=cDBkySeyiDo

ウィングスの演奏による「COMING UP」
結果的に、これがウィングス最後の雄姿。
http://www.youtube.com/watch?v=sV-3aGnF714&feature=player_detailpage

今日はこれでおしまい。
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by hirowilbury | 2011-05-23 14:39 | ビートルズ

幼い頃、我が家には亡き親父が所有していたオープンリールのテープレコーダーがあった。
それはカセットテープが世に出回る前に、親父が大切に使っていたもので、あるときそれ
を譲り受けた。
本体のほかに、テープが3本、空のリールが1つ。
聞いてみると、1966年のHNK紅白歌合戦が録音されていた。
一曲目は橋幸夫の「雨の中の二人」、二曲目が園まりの「逢いたくて逢いたくて」、それから
三田明の「アイヴィー東京」という歌が入っていた。
3曲とも、聞いた当時、しばらくは誰が歌っているのかもさっぱり分からなかったのだけれど
(小生が小学生に入る前だもん⇒1979年ごろ)、youtubeってのは便利ですね。
そのときから大好きな歌がこれ。
親父が録音していたテープ音源の映像がみれるなんて・・。
夢見たいです。。
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↓ これが1966年音源の園まりさんの「映像」。映像が観れるなんて、信じられない・・。
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=CFrV0fhyS-c

↓橋幸夫「雨の中の二人」これはレコード音源。
http://www.youtube.com/watch?v=PNDFIf5mdko&feature=related
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by hirowilbury | 2011-05-21 17:20 | 音楽

サイモン&ガーファンクル(以下S&G)で一番好きなレコードというと、LPで言うと「サウンド・オブ・サイレンス」と言うことになる。彼らのアルバムの中では、比較的地味な部類に入ると思われるのだけれど(出世作でもあるけれど)、世間で言うと「明日に架ける橋」とか「ブックエンド」ということになるだろう、きっと。
「サウンド・オブ・サイレンス」は、元々原曲がアコースティックギターだけの曲だったのだけれど、
当時のフォークロックブームに便乗して、プロデューサーが勝手にドラムとかベースとかをオーバーダビングして、シングルで切ったら全米1位になる大ヒット、ということになった。
それを聞いたポール・サイモンは激怒したらしい。
しかし、結果的に、これが彼らの出世作になって、急遽2枚目のアルバムを出すことになった。
それがアルバム「サウンド・オブ・サイレンス」であって、急ごしらえなだけあって、昔ポール・サイモンがストックしていた曲を蔵出ししてきたりして、本人も気に入っていないらしい。

しかし、聞き手からすると、そういういきさつはどうでもいい、という事があって、自分もその口である。中学生のとき、初めて耳にした彼らのアルバム。だから、今でも一番はこのアルバムである。
しかし、我が家には親父の形見ともいえるシングル盤が多々あって、その中にS&Gも数枚あった。
そのシングルを繰り返し聞いていたのだけれど、単体の曲で一番すきなのは「アメリカ」である。
勝手にオーバーダビングをされて、という話もあるけれど、アメリカと言うのをポールサイモンなりに批判した曲がでもある。

しかし、個人的には恋人であるキャシーと二人でアメリカを旅する内容が大好きで、将来はアメリカでヒッチハイクなんかをやってみたいな、とも思った。

今日はその親父の所有していたシングル盤を掲載しておく。
内容は僕が保証するので、まだ聞いたことない人は聴いてみてね。
(アルバムには「ブックエンド」収録)
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シングル盤は、やっぱりいいな・・・。
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by hirowilbury | 2011-05-06 16:08 | 音楽

嫌いじゃないですよ

この歌を聴いて、挨拶をする子が増えたって話も聞きます。
音量に気をつけてください。
♪ポポポポ~ン

http://www.youtube.com/watch?v=dXD-KzMzcQI
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by hirowilbury | 2011-05-04 18:50 | 日記

クイーンのリマスター

クイーンの初期5枚が先日リマスターされて発売された。
ビートルズと同じく、中々本国で正式にリマスターされなかったアーティストであって、2000年
頃に日本独自にリマスターしたものが出ていたけれど、正直、音圧を上げただけで、音割れはして
いるし、結局必死に集めたけれど、殆ど聞かなかった。
元々オーヴァーダビングを重ねに重ねたグループなので、それを音圧だけ上げた様な音にしてしま
っては、聞いてると苦しくなってしまう。
今回、さすが満を持しての発売であって、聞いてみると凄く鮮明な音に変わっていて、一つ一つの
音が丁寧にマスタリングされている気がする。
これなら、聞いていても疲れない。ちゃんとアナログっぽい音感も入っているので、これはこれで
成功していると思う。

クイーンを初めて聞いたのは、何を隠そう「フラッシュゴードンのテーマ」のシングルだった。
なので、アルバムで言うと「ザ・ゲーム」がでた後かな?
で、そのレコードがほしくて、おやじとレコード屋さんに行ったのだけれど、なかった。
仕方がないので諦めて帰ろうとしたら、レコード屋さんのおばちゃんが「シングルはないけど、
今度出たこの人たちのベスト盤が安いよ。いっぱい曲入ってるし。」と勧めてくれたのが、「グレ
ーテストヒッツ」。当時アルバムが2500円。しかも少し曲が多く入っていたり、パッケージが豪華
なベスト盤なら3000円くらいしていた時代。この「グレーテストヒット」は17曲も入って、2000
円。それでも、小学1年生の小生には高価なものだったけれど、おばあちゃんが「これがお年玉の
代わり」と言って買ってくれた。
しかし、レコード屋さんのおやじは「レコードは曲がいっぱい入っていて、音が良くないから
、ミュージックテープがお勧め」と言って、いいなりでこのミュージックテープを買ってもらった。
今思えば、レコードに音がいっぱい入ったら、音が悪くなる、という事実を初めて知ったのもこの
時だったような気がする。
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元々このベスト盤は、英国、米国、日本とそれぞれ収録曲が異なっている。
クイーンはちゃんと、その国にあわせてベストを作ったのである。ベースは一緒なのだけれど、
日本盤が一番曲も入っていて、お得盤だとおばちゃんも言っていた。
その時は、日本で出ているものが全てであって、海外で収録曲が異なるとか、そんなことは全く
頭になかったのだけれど。
その後CDが出てきたときに、当時3200円のCDは、英国版仕様になっていて、これより3曲少な
い14曲だったので、買わなかった。

今回、オリジナルアルバム5枚と、このグレーテストヒッツを購入した。
残念ながら当時のミュージックテープとは少し収録曲が違うけれど、今度このテープのとおり
に編集してみようと思う。「アンダープレッシャー」は8曲目だな、やっぱり。
自分にとってのクイーンとは、このベストアルバムの曲順、である。
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by hirowilbury | 2011-05-04 16:11 | 音楽

マッカートニー

ポールマッカートニーの最初のソロアルバム『マッカートニー』が6月にリマスターされて、
アナログ盤とCD3枚セット(DVDも含む)として発売されるそうなのだけれど、発売当
時のこの「マッカートニー」に対しての世間一般の評判は、かなり手厳しいもので、その当
時のことを考えるとこのアルバムの評価も変わってきたなあ、と思う。

1970年4月18日英国発売、その1週間前にビートルズ脱退宣言をしたのは他でもない、ポー
ルであって、そのポールが自分のソロアルバムを出す、しかもあのビートルズのポールが、
なのであって、世間の人々は、ポールが一人になってどんな音を出すのか、どんな素敵な曲
を出すのか、固唾を呑んで見守った。

このレコードは売れた。全米でも1位、全英でも2位。
しかし、内容を聞いて、世間は唖然となった。
「これがあのポールか・・・」
全ての歌、楽器を自分で担当して、唯一のゲストコーラスには素人のリンダ。
その直前に歴史的傑作である「アビイ・ロード」の主導権を握って作成した張本人のアルバム
とは思えない、その大きなギャップもあって、このチープな(幼稚とまで言われた・・)アル
バムは、世間で散々酷評された。

ビートルズ脱退宣言をしたのがポールだ、解散させたのがポールだ、という世間からの風当
たりもあった。完全に悪者扱いとしてスタートを切ったのも、世間からの攻撃の一因となった。
(実際にはポールが解散させたのではないのだけれど・・・)
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しかし、ポールのファンにとっては踏み絵みたいなアルバムであって、このアルバムが好き、
という人は多い。
阪神ファンがたくさんいて、巨人の事を悪く言う集団の中でも、ひっそりと巨人が好きな人が
いてるように。
このアルバムが好きな人は、間違いなくポールのアルバムを愛する事が出来る。小生もこの
素朴で暖かいアルバムが好きであって、今までも愛聴してきた。次作「ラム」も、ウイングス
のデビューアルバム「ワイルド・ライフ」も当時世間では酷評だったようだけれど、大傑作だ
と思っている。

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今日は久々に、アナログで「マッカートニー」を満喫した。
もう30年近く前のレコードで、プチプチとノイズが入るけれど、気にならない。
個人的には、ポールのアルバムの中では決して5本の指には入ることはない
しかし、着馴染んだセーターみたいに、飽きの来ない、小生が小学3年の時に購入した(して
もらった)、ひっそりと今でもレコード棚から取り出して、1人ヘッドフォンで聴いている、
ポールの愛聴盤である。

リマスターされても、このアルバム独特の「温もり」とか「アナログチックな音」が削がれな
い事を祈ってます。
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by hirowilbury | 2011-05-03 18:03 | ビートルズ

出石のうどん

先日帰省する機会があったので、昔からある出石の「竹林亭」という国道沿い
の店に行った。
その店は、亡き親父が、昔、食器とか業務用の調理機器の会社をやっていた時に、
殆どの食器や機材を納入してくれたお得意さまだった。
昔はよく親父に連れてきてもらったのだけれど、先日約30年ぶりになるであろう、
立ち寄ってうどんを食べた。
すると外の駐車場で、大将が小生に向って「昔はこんな小さかったのになあ・・」
と手振りで腰辺り位のところでジェスチャーをして迎えてくれた。

出石と言えば、誰もが「出石そば」を思い浮かべるだろう。
実際に、出石の町に行ってみると、蕎麦ばかりであって、うどんが食べられる店
というのは殆ど見当たらない。
なので、ここの大将も、あえてうどん屋さんを出石で経営されたのだと思われる。

そこでうどんを頼んだ。
すると、同席していたオフクロが「このうどんは、このお店が開店したときに、
ここの大将がうちの会社でうどんを打つ機械を購入してくれたんだで。その時お
父さんはうどんに関しては素人で、ここの大将と一緒に二人で香川の讃岐まで行
って、一緒にうどんの打ち方を勉強してきはったんだわ」
という話を聞いた。

まさか、このうどんが?
このうどんはここの大将と親父の合作、という事になる。

正直、美味しかった。なぜか懐かしかった。泣きそうになった。
こんなところに親父の遺したものが眠っていたとは。。

結局、自分の店で、モノを買ってもらっても、使い方とか、使ってどうなるのか?
と言うことが分からなければ、納得できないという親父の性格を思い出した。
見習いたいと思う。
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by hirowilbury | 2011-05-02 21:51 | 日記