前にも書いたけれど、年末になると小生はビートルズを聴くことが多くなる。
1日休みの日は、取替えひっかえ、ずっと聴いている事が多くなる。
とどめは12月8日になるのだけど。

今日は仕事だったので、帰宅してから赤盤を聴いていたのだけれど、「プリーズ・プリーズ・ミー」を聴いていて、ふとロイ・オービスンの事を思い出した。
今日はロイ・オービスンの命日である。
1988年12月4日。
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有名なところで言うと「オー・プリティ・ウーマン」の人である。
ジョンが「プリーズ・プリーズ・ミー」を作った原曲は、このオービスンの歌い方を真似した曲調だった、というのが定説になっていて、確かに、声の質は若いときのジョンに似てる気もする。
1963年には、オービスンの前座でビートルズが演奏したこともあった。
当時はオービスンがキングだったのである。
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ロイ・オービスンは50年代にヒットを飛ばして、60年代にも様々なヒットを放つ。
しかし、66年頃にレコード会社を移籍してから、不運が付きまとう。
それから、最初の妻を事故で亡くし、再婚して子供を授かるのだけれど、それも自宅が火事にあって、亡くなってしまう。波乱万丈なのである。
しかし、彼から影響を受けたミュージシャンは、ちゃんと彼にしっかりリスペクトした。
ブルース・スプリングスティーンなどは「フィル・スペクターのようなサウンドで、ボブディランのような詞を、ロイ・オービスンの様な声で歌うのが夢だった」というような発言をして、ロイを喜ばせた。
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80年代の後半、1988年11月には、ジョージ・ハリスン、トム・ペティ・、ジェフ・リン、ボブ・ディランと伝説の覆面グループ「トラヴェリング・ウィルベリーズ」を結成した。
小生は夢中になりました。ツアーに出るなんていう話もあって、慌てて金魚が酸欠になったみたいにアップアップした。小生中学3年の冬でした。
↓「HANDLE WITH CARE」/TRAVELING WILBURYS
もちろん小生の「WILBURY」の名前の由来はここから来てます。

http://www.youtube.com/watch?v=DQ89HHSq9b8

しかし、その話が出た直後、12月4日に心臓発作でこの世を去る。
なんてついてないんだろう、ロイ・オービソンって人は。
今日は、この人のCD聴いて合掌です。

↓「OH!PRETTY WOMAN」/ROY OBISON
http://www.youtube.com/watch?v=Fa3RzOWWh80&feature=related
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# by hirowilbury | 2011-12-04 19:52 | 音楽

今日は久々に振り替えで休みだったので、コートを買いに出かけた。
大体、小生が所有している服は、暑い時に着るものか、寒い時に着るもの、極端に分かれる。
なので、春先とか秋口に着るものには困ってしまう。
春先に冬物を着ると暑すぎるし、秋口に夏物を着ていると恥ずかしい。
なので、間の間に着るコートを買った。
これなら大丈夫だろう。当分。

元々寒いのは嫌いではないので、寒くても苦にはならない。
よっぽど、夏のほうが苦手であって、夏なんて脱いでも脱いでも暑い。
冬は着ればよい。
その中間の秋が一番好きなのだけれど、今まで秋物を持っていなかったのが不思議である。
多分、秋口の一番良い時期に仕事に追われて、プライベートを過ごす時間が少ないからだと思われる。
毎年、ふっと息をついたら冬になってしまう。

冬になるとビートルズを聴くようになる。
今まで理由はあまり考えた事がなかったのだけれど、よく考えてみると、小生のビートルズ人生は殆どが冬に起こっていることがわかる。
小生がビートルズを意識して来た時間をリアルタイムで追ってみると、
・ウィングス来日公演中止・ポール逮捕(1980年1月)
・ジョン・レノンの死(1980年12月)
・ポール日本のテレビ出演(1987年11月)
・ポール来日(1990年3月)
・ジョージ来日(クラプトン競演)(1991年12月)
・ポール再来日(1993年11月)
今思いついただけでこれだけあって、殆どが寒い冬の時期である。
そして、
・ジョージ・ハリスンの死(2001年11月29日)
となる。

小生に限らず、ビートルズは冬、というイメージがある人は多いのではないかと思われる。
ちなみに、個人的にも今でも交流のある友人も、ジョンレノンの追悼コンサートで出会ったので、1992年12月8日、ということになる。

今日はジョージが亡くなって10年。
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1日ジョージのアルバムを出して聴いているのだけれど、この人のレコードを聴くといつも元南海、元ヤクルト監督の野村克也を思い出す。
「長嶋がヒマワリなら、自分は月見草」という言葉。
これは、ジョージにも当てはまるように思われる。
ジョン、ポールを長嶋とするなら、ジョージは野村克也。
長嶋(ジョン・ポール)の天才的なひらめき、才能ではなく、人生を悟ったような感触。

今日は1日ジョージです。
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# by hirowilbury | 2011-11-29 14:08 | ビートルズ

先日、大きな箱が届いて、時間もなかったのでそのままにしておいたのだけれど、ようやく本日その箱を開いた。ザ・フーの四重人格(クオドロフェニア)のボックスセット。

フーのレコード中では一番好きなレコードであって、世間では「トミー」、「フーズ・ネクスト」なのだけど、個人的にはこのレコード。
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日本では、他のフーのアルバムに比べると中々CDにならなかったし、レコードも長い間廃盤状態が続いたように思う。
このレコードは、ピート・タウンジェントの少年時期の経験がそのままストーリーになっているといってもいい。ピートは悩み多き少年であって、自身の鼻の高さだって、他人が聴くと笑い話で済ましてしまうかもしれないけれど、本人からすると重要なのである。
そういう人の痛みが分らない人間がこのレコードを聴いても中々理解出来ないのではないかと思われる。
個人的には、こういう風に自分の人生を音にする人は、一生ついていきたいと思っている。
こういう風に、自分の事を吐き出して、レコードにすることが出来て、それを名作にしてしまうミュージシャンというのは、小生の知っている限り、ピート・タウンジェントとジョン・レノンだけである。
このボックスには、オリジナルアルバム2枚組みと、さらにその元になったピートデモが2枚にCDに収められていて、このデモが凄い。
すでに世に出ているものもあるけれど、基本未発表であって、デモの時点で完成している。
そういう意味では、ブライアン・ウィルソンと同じ匂いを感じる、ピートには。

このレコードを題材に1979年、映画が制作された。
「さらば青春の光」。
言うまでもないけれど、主人公はピート自身と言っても過言ではない。
このレコードが元だからね。
小生の大好きな映画である。みんなも、是非見てね。
イギリスの60年代ってこうだったのね。

近いうちに、30年近く経って、続編が制作される、という話もある。

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# by hirowilbury | 2011-11-23 20:37 | 音楽

制作に入って、途中で挫折してしまって、しかし、「もし発表していたら世紀の名作」になったであろう、と後になってから言われるアルバムというのがあって、しかし、発表しなかったのだから、完成しなかったのだから、結局未完成品なのである。
こういうアルバム達が、60年代に集中しているのも面白い。

フーの「ライフ・ハウス」も結局ピート・タウンジェントの構想が大きくなりすぎて、途中でアイディアが壮大になりすぎて、結局断念。
完成していたら、間違いなくロック界を代表する大傑作になっていたと思われる。
「フーズ・ネクスト」と名を変えて発表して、今では名作として聴かれているけれど、本人はずっと「フーズ・ネクスト」のことを「ライフ・ハウスの出来損ない」と言っていた。(今ではそれなりに気に入っているのだろうけど・・)

ビートルズにだって、ある。
解散間際に「ゲット・バック」という、スタジオ一発録りの原点回帰アルバムを作成したのだけれど、こちらは結局完成したけれど発表されず、形を変えて「レット・イット・ビー」に生まれ変わった。
もし、「ゲット・バック」が発表されていたら、ビートルズの歴史も変わっていたかもしれない。
アルバム「レット・イット・ビー」をフィル・スペクターが再編集しなければ、「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」の出来に対して、ポールが怒ったりしなかったのだから。
今となっては分らないけれど。

ブライアン・ウィルソンはビートルズの「ラバー・ソウル」を聴いて、シングルの寄せ集めではなくて、アルバムとして一つの作品として仕上がっている事に衝撃を受けた。ブライアンが耳にしたのは、イギリスオリジナルの「ラバー・ソウル」ではなくて、アメリカ独自の編集になっていた「ラバー・ソウル」だった、というのは少し皮肉だけれど、それの回答として「ペット・サウンズ」を作る。
↓米国版「ラバー・ソウル」。1曲目が「ドライヴ・マイ・カー」ではなく
 「アイヴ・ジャスト・シーン・ア・フェイス」
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↓当時ファンからは理解されなかったけれど、ミュージシャンの間では絶大に支持をうけた
「ペット・サウンズ」
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それを聴いたポール・マッカートニーは、「ペット・サウンズ」に感動して、「サージェント~」の構想を思いつき、それを作った。
それを聴いたブライアンは、あまりの衝撃ために、創作意欲をなくしてしまって、人前には姿を見せなくなり、一線から引きこもってしまう。
「サージェント」を聴いて、途中で挫折してしまったアルバムこそこのビーチ・ボーイズの「スマイル」である。
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曲の断片は、「スマイリー・スマイル」とか「サーフズ・アップ」とかにちりばめられたけれど、しかし、それはこのアルバムのための「未完成品」を再録音したものであって、当時評価する人は少なかった。
今までも何度か、このオリジナル・バージョンがボックスセットや、禁断のブートなんかで聞けたけれど、勿論ブライアン自身がオリジナル・バージョンを元に纏め上げたのは、初めてであって、製作開始(1966年)から数えて、45年が経って発表された。
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これが出てい「たら」、「れば」、その後のビーチ・ボーイズの歴史が変わっていたのだろうか?
よく分らないけれど、そういう妄想を持ちながら聴くのが、今となっては正しいのかもしれない。
歴史は変えれないのだから。
裏ジャケにもブライアンの姿はないし、封入のブックレットには写っているけれど、しかし、目は虚ろである。おそらく、当時これを制作していても、実質ブライアン1人で構想を練って、ミュージシャンも殆ど外部のメンバーを起用して、ビーチ・ボーイズのメンバーはコーラスと歌、というパターンが多かったみたいなので、メンバーからは不満を持たれ、内容も理解されなかっただろう、きっと。
結局、ビートルズにはジョンがいて、ポールがいて、ジョージがいて、リンゴがいた。
しかし、ビーチ・ボーイズにはブライアン1人しかいなかった、ということだろう、きっと。
メンバーの中にパートナーを組める人間がいれば、ブライアンの歴史も変わっていたかもしれない。
そう思うと、何とも気の毒な気持ちになってしまう。

↓小生は今回、アナログ盤を購入しました。
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ブライアンは今回、このアルバムを纏め上げるのに、当時の音源を聞きなおしてどう思ったのだろう
。個人的には、辛かったと思うけどな。
しかし、「ワンダフル」と「サーフズ・アップ」は美しい。鳥肌が立つ。
↓「サーフズ・アップ」
http://www.youtube.com/watch?v=8WUI4DhUfnw&feature=related
↓「ワンダフル」
http://www.youtube.com/watch?v=muSou79UFXQ
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# by hirowilbury | 2011-11-04 16:57 | 音楽

ストーンズの数アルバムの中で、一番何が好きか?と聞かれると、誰もが困ってしまうと思われる。
何せ、デビューして今年で48年、発表して来たアルバムも、何十枚とある。
いわゆる世間一般で言うと「ベガーズ・バンケット」とか「レット・イット・ブリード」、「メインストリートのならず者」とかが、よく名盤紹介などに載っている。
素晴らしい。一番ストーンズで脂が乗っていた時期のレコードなので。

しかし、個人的に「好きなレコードは?」と聞かれると、間おかずに「アウト・オブ・アワ・ヘッズ」と答える。1965年に出たデッカ時代のアルバム。
↓米国盤「アウト・オブ・アワ・ヘッズ」。
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このレコードを買ってもらったのが小生小学4年のとき。
前にも何かで書いた記憶があるのだけれど、ストーンズのアルバムを1枚買ってもらえる事になって、レコード屋さんに行って買ってもらった初めてのストーンズのアルバムである。
学校が休みの日の昼から、確か廉価盤LPか何かで1750円。
買ったLPは収録曲こそ同じだけれど、日本独自の曲順で1曲目が「サティスファクション」。
大好きな「ラスト・タイム」も入っている。
しかし、通して聴いてみるともう一つピンと来ない。
しかし、大枚はたいて買ってもらったLP、良さが分らないのは悔しいので、何回も何回も聴いた。
ようやく、1曲1曲の違いや、良さが分ってきたのが、サザエさんが終わる頃(笑)
多分、その日だけで、20回以上は聴いたと思われる。
それ以来、色々とストーンズのアルバムは聴いたし、その後の新譜も聞いたけれど、今でも一番好きなLPはこの「アウト・オブ・アワ・ヘッズ」。
「マーシー・マーシー」とか「ザッツ・ハウ・ストロング・マイ・ラブ・イズ」とか「グッド・タイムス」とか、いいんだわ、これが。殆ど、他人のカヴァーだけれど。
初期は、R&R、R&Bのカヴァーの方が、ミック・ジャガーの歌唱は良いんだな、これが。
「マーシー・マーシー」を聴くと、ミックって、ドン・コヴェイのボーカルに影響をモロに受けたのでは?と思ってしまうくらい、ドンのボーカルにそっくり(笑)
ドン・コーヴェイのアルバムは、何枚か買ったけれど、やっぱり、ミックそのもの。
いや、ミックがドン・コヴェイそのもの、なのね。
以下、聞き比べてみてください。

↓ストーンズ「マーシー・マーシー」
http://www.youtube.com/watch?v=TwFFHfLj4oQ&feature=related
↓ドン・コヴェイ「マーシー・マーシー」
http://www.youtube.com/watch?v=FEqZuFh_pdk&feature=related

ややこしいのだけれど、この「アウト・オブ・アワ・ヘッズ」は米国、英国でアルバムジャケット、収録曲が異なっていて、しかも英国盤「アウト・オブ・アワ・ヘッズ」は、米国盤「ディッセンバーチルドレン」のアルバムジャケと同じ。うむ、ややこしい。
↓英国版「アウト・オブ・アワ・ヘッズ」。ジャケと収録曲が米国、日本と異なる。
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↓米国発売「デッセンバーチルドレン」ジャケは、英国盤「アウト・オブ・アワ・ヘッズ」と同じ。
 しかし、収録曲が異なる(笑)
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日本盤は米国盤に準じていて、ジャケット、収録曲は同じ。曲順が違うのね。
英国の「アウト・オブ・アワ・ヘッズ」は、米国「ディッセンバー~」と米国「アウト・オブ・アワ・ヘッド」を足して2で割った感じ。これはこれで味があって好きです。

日曜の午後に、このレコードを聴くと、買ってもらった当時、昼からこのレコードばかり聞いていたことを今でも思い出します。
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# by hirowilbury | 2011-10-23 17:54 | 音楽

サムシング・エルス

キンクスのデラックス・エディション、この「サムシングエルス」は日本盤を購入してみた。
輸入盤と違って、帯に紙ジャケ仕様、ボーナスにオランダ盤のジャケットがついていて(それにDISC2が収納されている)、少し値段が高いかな?という気がするけれど、音もよくなってるし、ま、いっか、って感じです。
このアルバムでのハイライト、というのはやはり「ウォータールー・サンセット」という事になる
だろう、きっと。
昔自分のバンドで、この曲をレパートリーに加えた事があったけれど、この曲の事、分かってくれ
た人、いるかなあ。
英国のウォータールー川に夕日が浮かぶ風景を想像しながら、聞いてみてください。

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http://www.youtube.com/watch?v=YpL4xbfmXlQ

「WATERLOO SUNSET」The KINKS

汚れた川よ 夜の闇に 淀みなく流れていけ
忙しそうな人の群れは
眩暈さえ感じさせる
タクシーのライトが眩しい
だけど僕には友達はいらない
ウォータールーの夕暮れを眺めていれば
それだけで幸せだから

毎日 この窓から世界を眺める
夕暮れ時は寒い
そしてウォータールーの夕陽はとても素敵

金曜の夜 テリはジュリーに会う
ウォータールーの駅で
僕はどこにも行かず のんびりするのが好き
夜は部屋で過ごす
だけど不安は感じない
ウォータールーの夕暮れを眺めていれば
それだけで幸せだから

ウォータールー駅には
たくさんの人たちが集まる
テリとジュリーは橋を渡る
そこまで行けば落着けるから
二人には友達はいらない
ウォータールーの夕暮れを眺めていれば
それだけで幸せだから
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# by hirowilbury | 2011-10-23 13:41 | 音楽

キンクスの初期3枚

久々の更新になってしまったのだけれど、相変わらずドンドンCDは増加してます(苦笑)
たまたま傍で流れているキンクスのデラックス・エディション。
98年にキンクスのアルバムはリマスターされていて、当時、全てのアルバムを購入したの
のだけれど、今回も性懲りなしに、購入してしまった。
輸入盤だけれど。

少し前に「PICTURE BOOK」なる、キンクスの6枚組みボックスセットも買ったので、
どうせ、ボックスと同じ音だろう、と思ってたのだけれど。。。聴いてみると・・・。

あのボックスセットはなんだったのだろうか?という位、今回のデラエディのリマスター
は素晴らしい。

やはり60年代のロックはモノラル録音がよいです。
 (勿論今回、ステレオバージョンも入っていて、それはそれで良い)
ファーストからサードまで、ぶっ通しで聞いてます。
とくに初期の2枚は、2トラック録音なので、音がむちゃ生々しいなあ。。

昨日、「サムシング・エルス」のデラエディも購入したので(これは日本盤、いわゆるSHM-CDってやつ)、またゆっくり聴こ。

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# by hirowilbury | 2011-10-16 11:18 | 音楽

なぜこの2枚なのだろう?
アーカイブとして、自他共に認める『バンド・オン・ザ・ラン』が第一弾として選ばれたのは万人が納得すると思われる。
しかし、第2弾がなぜポールファンにとっては『踏み絵』的なこの2枚なのか、正直分からない。
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『McCartney』も『McCartneyⅡ』も共通項がたくさんある。
①1970年発表というのと、1980年発表であって、年代の変わり目に発表されている。
②2枚とも全て、ポールがほぼワンマンで制作していて、完全なソロである
 (一部リンダがコーラスも担当、というのも同じ)
③お遊び的要素、自分のスタジオでのレコーディングテスト的な要素がある。
④そして、2枚とも『バンド崩壊』寸前での発表である。
 (しかし、実際にはまだ解散していない時点での発表である)
思いつくところは、もっとある。しかし、一番強い要素理由は、④ではないかと思われる。

『McCARTNEY』はよく知られているように、ビートルズが存続中の1970年4月に発表された。
発表の1週間前の4月10日にはポール自身がビートルズ脱退を宣言しているので、勿論だけれど、その前に制作されている。
前にも書いたけれど、世間の期待は大きかった。あのビートルズのポール初のソロアルバムであって、世間は固唾を飲んで見守った。
しかし、蓋を開けてみると、「あのビートルズのポールマッカートニー」とは思えない、ラフでシンプルで、未完成なアルバムであった。
確かに、聞いていると、ビートルズから完全に孤立して、気の毒になってしまうほど、ラフであって、当時一般のファンが聞いたら、ポールはどうしてしまったのだろう?という出来である、正直。
しかし、ポールはこのアルバムを愛した。そして、ポールの熱心なファンも、このラフなアルバムの中に、ポールの光るところを見つけてビートルズがいなくなった現実に希望を持とうとした。
結局、このアルバムは売れたけれど、世間からは大批判を浴びて、今では信じられないけれど、ポールは1人になったら何も出来ない、と言うくらいの評価になった。
しかし、ポール自身、このアルバムの中にこれから自身が1人でやっていくに当っての音を見つけたのであって、それに気づいたファンも世の中にはたくさんいた。
ポールが好き、嫌い、はこのアルバムの評価で決まると思われる。
ここから、ポールはもう一度再スタートを切って、ここからまた自分の曲を磨き上げていって、再度トップに登りつめる事になる。
今回初めて見る、当時の写真がたくさん入っている。それが美しい。
見ていてむさ苦しいくらい、髭面で不健康そうなポールがたくさん写っているけれど、とにかく、安らぎを求めていたポールの当時の心境が手に取るように分かる、思わず何回も写真を見直してしまった。
2枚ともに共通して言えることだけれど、もう少し、気合いを入れて本気でアレンジしたり、作りこめば、世紀の名曲になり得るものがたくさんあるのに、あえてそれをしないポールというのは、本当に天才なのだな。名曲だってことに気がついていないのかもしれないな。
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10年後に発表された『McCARTNEYⅡ』も完全にワンマンレコーディングされたものである。
しかし10年前の『McCARTNEY』と違うのは、ウィングスというバンドがまだまだ現役であって、一旦お休みしてソロ・アルバムを発表した、と思われていたことだろう。
これはポール特有のお遊びであって、次はちゃんとウィングスのニューアルバムが出る、と世界中誰もが信じて疑わなかった。しかし、結局、このアルバム以降、ウィングスは自然消滅してしまう。
このアルバムが出たあとに、あの悪夢の12月8日がやってきたことが大きい。
しかし、今回、びっくりしたのは、未発表のフォトの以下の写真があったことである。
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ちゃんと『バク・トゥ・ジ・エッグ』当時の、小生が一番好きなウィングスのメンバーの写真が、このアルバムのポールと同じショットで撮影されているのだ。
と言うことは、もしかして、このアルバムの制作に入った当初は、ウィングスのアルバムとして作り始めていたのではないか?と思った。
ポールは元々『プライベート録音であって、発表するつもりは無かった』と語っていたけれど、本当のところどうなのだろう?
ポール版YMO、といわれるくらい、シンセを多用した、お遊び要素が強いのだけれど、結局、途中でソロアルバムに変更した、ということなのかな?
お遊びと言えども、しかし、しかし、やっぱり名曲が多いのだな、これが。

『ワン・オブ・ジーズ・デイズ』なんぞ、なぜもっとしっかりアレンジしなかった、えっ!、しっかりしろ、ポール!と、ポールに実際に会う事があれば、その辺丁寧に真摯にぺこぺこしながら質問して聞いてみたい。
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それぞれ、CD2枚+DVD、CD3枚+DVDという仕様なので、じっくりボーナスCDも聞き込みたいと思っている。

一般の評価は低いのだけれど、おそらく2枚ともポール自身愛着があるから、今回第二弾のアーカイブにあればれたのだろうな、きっと。
僕もスキです、この2枚。
ああ、ポールちゃん、好きよ。
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# by hirowilbury | 2011-06-14 23:27 | ビートルズ

ソー・バッド

1983年の『PIPES OF PEACE』収録の名曲。
当時、アメリカではシングルカットされてビルボード23位を記録。
(本国英国ではB面の『PIPES OF PEACE』がA面として発売されて全英1位を記録)

アルバムからの第一弾シングルがM.ジャクソンとの『SAY SAY SAY』の後だったので、非常に地味なヒットに思えるかもしれないけれど、曲としては、こちらの方がよっぽど好きである。
『LONDON TOWN』収録の『GIRL GRIEND』同様、マイケルにプレゼントすることを前提で書いたような、美しい曲である。
こういう風に、時折、信じられないような美しい曲を何食わぬ顔で作ってしまうポールには、やはり参ってしまう。。

とにかく、当時放映されたこの曲のPVは、異常なカッコよさである。
リンゴがドラムで参加しているのも興奮した。
そして、ポールのベースは、やはりリンゴのドラムによく合う。
この絶妙の『間』は独特で、「あうん」の呼吸と言うのはこのことを言うのだ。

『SAY SAY SAY』がM.ジャクソンとのデュエット、と言うことで、曲と同じく、PVも非常にお祭り的なものであって、企画色が強かったのに対して、この曲は、本来のポールの美しい作風の曲で、PV自体も非常にシンプルで、ポールは勿論、リンダも非常に綺麗で表情がいい。
そして、タッグ・オブ・ウォーあたりから、ポールの参謀役として参加していた、元10CCのエリック・スチュアートも親分を前に少し控えめだけれど、しっかりポールを支えている。
エリックの存在は、ジョンを亡くして非常に孤立感を感じていた当時のポールにとっては、非常に心強い存在だったと思われる。
(1986年のアルバム『PRESS TO PLAY』では遂にポールの『共作』するにまでなった)

この曲は、当時日本でもシングルカットされて、個人的に好きでした(今でも)。
ポールはヘフナーもいいけど、ネックの長い、リッケンバッカー・ベースが似合うなあ。。
↓是非見てね。
http://youtu.be/P4ys4auEDfY
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# by hirowilbury | 2011-06-11 21:41 | ビートルズ

ポールのDVD『ポールマッカートニー・アンソロゾー』という3枚組DVDが好きである。
ライヴDVDもたくさん出ているけれど、その殆どが2000年代に入ってからのものであって、逆にこういうプロモーションフィルム(フィルムっていわねーか、今は・・)を集めたDVDというのは、ファンとしては待望のというDVDなのである。
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とにかく、ポールにはPVがたくさんある。
これは3枚組みなのだけれど、まだまだ未収録のものがたくさんある。
出し惜しみしないで、全て出してね、ポールちゃん。
ファンはちゃんと買うんだから。

DVDはディスク1が1970-1983、ディスク2が1983-2005、そしてディスク3がライヴ・コレクションという風に、ちゃんとコンセプトが決められていて、観るこちらもちゃんと心構えができるようになっている。
ライヴ・ビデオでは(DVDか・・)『ROCKSHOW』とか『UNPLUGGED』なんかも入っていて嬉しいのだけれど、勿論完全版ではなくて、一部しか入っていない。
出し惜しみしないで、全て出してね、ポールちゃん。
ファンは勿論ちゃんと買うんだから。

好きなPVはいっぱいあるのだけれど、中でも1987年の『ONCE UPON A LONGAGO』のPVが昔から好きだ。
この曲は、当時発売されたベストアルバム「ALL THE BEST」の英国盤と日本盤に収録された、新曲であって、ポールからの素敵なクリスマス・プレゼントだったのだ。
今思ったのだけれど、この曲はアメリカでは発表されたのだろうか?
英国ではベスト10ヒットになったけれど・・。

当時のポールは、どうなんだろう。
やはりスランプだったのか。

曲自体もポールが手癖でさっさと仕上げてしまったみたいな所があって、取り立ててポールの歴史に残るような名曲ではないと思う。しかし、やはり音楽というのは、その時に聞き手にどう伝わったか、なのである。この曲を聴くと、当時を鮮明に思い出す。

とにかく、小生はポールの新曲に飢えていた。
前の年に、かなり力を入れて作った佳作「PRESS TO PLAY」を出したのだけれど、見事チャート上ではズッコケテしまって、ポールの往年からの評価ももう一つだった。(小生は好きでした)
話題になった割には、評価低かったなあ・・。

そこで、ポールは自分のスタッフ陣をかなり入れ替えて、心機一転、じっくりアルバムを作成することにする(それが起死回生の名作『FLOWERS IN THE DIRT』ね。このあたりの復活劇を思い出しただけで、ポールファンは涙が出そうです・・)

この曲は、当時の製作中の新曲だったのかどうか、は正直わからないのだけれど、しかし、出たときは聴きまくりました。

何度も言うけれど、曲はポールの中では平均、並み。普通。ポールの才能では。
しかし、個人的には思い入れの強い曲です。
ワンス・アポン・ロング・アゴー。1987年。小生中学2年生のクリスマスでした。
↓是非観てね
http://www.youtube.com/watch?v=yBsSUptatMw
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# by hirowilbury | 2011-06-04 20:50 | ビートルズ